今は、土曜の夕方、秋晴れの天気が続いて、気持ちの良い時を過ごしている。つい、うとうとした、無理もない、今日は、午後になってすぐにスポーツジムに行って、身体を動かし、プールで泳ぎ、帰ってから畑仕事をしたから、もう身体がくたくた、しかも、早朝と言うか真夜中に目が覚めたから、少し寝不足気味なので、眠気が襲ってくる。自分は、手帳に書いている通りに実行しているので、午前中は、原稿を書くことになっていて、書けたのだが、推敲する時間がかかるので、午前中一杯使ったが、自分の気に入った原稿ができると、どこかワクワクして、スポーツジムに行くのも、心が弾む。この1週間は忙しく、スポーツをする時間がなく、ジョギングもできず、体重計は正直なもので、確実に数値が上がっていくので、今日こそは、と思って、行ったのである。明日は、久し振りの行楽としゃれこんで、日高市の曼殊沙華公園に行こうと予定しているが、今、ネットで調べたら、明日で曼殊沙華祭りは終わりだそうで、明日は、相当の数の見学者がいて、混雑するだろう。この巾着田辺りは、郷愁をそそるような昔ながらの土地柄で、道端に、野菜や漬物の出店があったり、赤い曼殊沙華を見ながら、何年も変わらない光景に、心が休まるだろう。だから、明日は帰りが遅くなると思って、今日中に、畑仕事とブログを書くことにしたのだが、少し頭が朦朧としているから、今日のブログは論理的な文章でないかもしれない。畑仕事は、もう歳を取ってきたから、野菜作りは、ほどほどにして、芝にしようと家内と相談していたら、近所の方から、きれいな芝をもらった。芝と言っても、我が家の芝は、雑草と呼ぶ方が正しいのだが、いただいた芝は、きれいな日本芝なので、恐縮した。数日前にいただたので、今日は植えて、箱をお返ししなければと思って、今日を待っていたが、なんとか予定通りお返しできた。日本人には、どこか、こんな風景がよく似合うようで、助けられたり助けたり、貸したり借りたり、あげたりもらったり、などの些細なことで、人間関係を維持しているのかもしれない。日高の公園に行くのも、昔の姿を見たいからで、童謡を歌いたくなるような風景で、夕焼け小焼けとか里の秋などの歌が、耳元で聞こえそうな土地なのである。あの辺りは巾着田と言って、巾着袋の形をした平らな田や野原が一面に広がって、童謡の世界そのものである。思えば、日本人は、このようにして生活してきて、どんなに生活が便利になっても、自分の近所付き合いは、昔から変わっていない。また日高辺りの漬物は、何故か美味しい、伝統の味なのだろうか、お年寄りがつけた味なのだろうか、まだ日本が色濃く残っている。新聞に、駄菓子屋も婆も健在扇風機(中里とも子)の句があった。まだまだ、お年寄りは元気だ、それにしても、扇風機も仕事をしているのか、うーん、自分は、そこまでは戻っていないから、観光客として、昔の日本に浸ってみる、という程度だが、新旧が混じっているから、いいのかもしれない。
