久し振りに土曜の夕方、外は曇り空、小雨がぱらつく天気だが、今、スポーツジムから帰宅したばかりで、お風呂、実際はシャワーだが、に入る前のくつろいだ一時で、ブログを書くには絶好の時間である。と言っても、別に計画を立てて書いているわけではなく、気の向くまま、キーボードを叩くに任せ、思いついたことを、日記風に書き残している。言わば、自分史かもしれない。いろいろなことが、ある、今日は土曜、世間では連休の中日だが、連日の雨模様で、行楽のような気分でないことは、言うまでもない。今日の午前は、オンライン打ち合わせがあり、昨日は学会の年次大会で、講演したり、シンポジウムに出たり、程よい緊張感があって、夕方に終わると、解放感で満たされ、夕食は、家内手作りの、昔懐かしいナポリタンとグラタンで、赤ワインがことの他、美味しかった。今日のおかずは何だろう、家内は料理が趣味なのか、好きなのか、いつも手作りで、余った食材で、レシピを考え、ネットで検索したりして、おかずを作る。実は、老夫婦でコロナ感染にかかったので、市から、いろいろな食品をいただいた、2人分なので,量が多い、食べきれない、もちろん、もったいないので食べているが、今時の缶詰などは絶品で、レトルトご飯などは、これが冷凍食品か、と疑う程に美味しい。昭和の時代の人間とすると、貧乏人は麦を食え、と言った池田隼人を思い出すが、昔の日本は貧乏だった、日本人全員が、美味しいものを求めていた。麦飯は当たり前で、真っ白なお米だけの白飯は、遠足の時くらいで、おかずは卵焼きが上等で、よく晴れた山頂辺りで、弁当の時間になると、嬉しくて、誰もが笑っていた。先生の周りに陣取って、お互いの弁当のおかずを見ながら、そして優しい先生は、時折、おかずを子供にやったりして、二十四の瞳の映画そのものだった。そんな時代があったのか、遠い昔なのだが、幸せだったのか不幸せだったのか、すべて忘れているが、大人は、自分の両親も含めて、貧乏と戦っていた。日本人も、ようやくそれなりの生活ができるようになって、身体も若い頃のような無理は効かなくなり、静かに老後を迎えて、それなりに生をまっとうしたのだろう。自分もその年齢に近づいた今は、きれいな生き方をしたい、日本に生まれて良かった、この地に住めて良かった、この家で良かった、この家族で良かった、と思えれば、それは、極上のwell-beingなのである。新聞に、銀舎利のかがやく結び豊の秋(加藤賢)の句があった。真っ白い米のご飯は、銀舎利とか銀飯と言ったが、この方は、昭和の時代の人だろう、遠足のお弁当のように、太陽の光を受けて、キラキラと輝くような、お結びを見て、稲穂がたわわに実る豊(とよ)の秋を感じているのだろうか、日本で良かった、秋の季節で良かった、と思っていれば、自分と同じ心境だろう。今夜のおかずは何だろう、ご飯は、言うまでもなく、銀舎利である。なんと贅沢な、できるものなら、昔の子供に、食べさせてやりたい。
