今は、日曜日の夕方、変則的な時刻にブログを書いている。土曜日の夕方に書くのを、定例としているが、別のことに集中していて、忘れてしまった。何しろ、コロナ感染中で、厚労省からスマホにインストールしたアプリに、毎日健康状態を記入して送ること、昨日は、主治医から電話があったが、外に出ていなくて良かった、まるでいたずら小僧が見つからないように、きょろきょろする姿に似ている。と言っても、いたって真面目で、医師の指示通りに、自宅で机に向かっている。保健所からの書面には、厳しいことが書いてあって、外出禁止はもちろん、禁酒禁煙、その他、普通の人には、とても守れそうもない。この方法は、自宅に監禁状態にして、巣ごもりというが、強制的引きこもり状態なのだから、健康な人を精神的な病気にしてしまう、やり方なのだ。これを経験すると、かつて報道された中国上海のロックダウンとは、なんと理不尽な、と思うが、強権国中国では、逃げることはできないのだろう。日本では、なんとかいいながら、状況に対応して生活するのではないか。と言っても、自分はずっと自宅にいて、外出していない、それには、理由がある。このコロナ感染中の外出禁止を利用して、あるまとまった原稿を書く、そして仕上げる、と決めたから、普通の人とは、少し状況が違う。だから、今日まで1週間、服を着ないで浴衣で過ごしてきた、家の中にいるのなら、浴衣で十分、すぐに羽織って、すぐに脱げる、気楽な気分になると、まるで作家気取りになって、机に向かう時間が多くなった。といっても、まったく外出しないわけではなく、数分程度、浴衣のまま、ぶらりと近所を回る。そして、今日のお昼、脱稿した。まだ出版は決まっていない、だが、なんとかやり遂げたい、という思いが強かった。出口の見えない道を、さ迷っている感じだったが、峠は越えた。そんな感じだったので、お昼過ぎに、ズボンとシャツを着て、先ほど散歩をして、帰宅したのだ。だから、昨日はブログを書く気持ちではなかった。今は、何か、けだるさがあって、明日から何をするのか、オンライン会議やいろいろな事はあるが、どこか抜け殻のような自分だが、まあいいか、まるで夢遊病者のような感じで、今は何もしたくない。文脈は違うが、ビニールに似しをかなしみ水母(くらげ)ゆれ(小川健治)の句が、新聞にあった。クラゲも可哀そうに、ビニールは海の保全や生態系を壊すやっかい物だが、似ているというだけで、どこか嫌われるのか、コロナ感染症も同じか、外出禁止とは、何か世間の嫌われもののようだ。家内は既に明けているので、今日もルンルン気分で、外出から帰宅して、夕食の準備をしている。まあ、生きて食事ができるだけ、原稿が書けるだけ、オンラインの仕事があるだけ、有難いのだろう。自分も、後2日で明ける。
