身体のけだるさ

今は、日曜日の午後、変則的な時刻にパソコンに向かっているが、それには当然ながら理由がある。昨日、急に体がほてって、熱っぽくなり、体温を測ったら、37度8分もあった。もう身体が完全にだるい、これはまずい、コロナに感染したらしい、4回もワクチン接種をしたのに、と恨めしい気持ちだったが、すぐに対応したほうがよい、と思い、PCR検査会場が、車で数分の場所にあるので、すぐにネットで予約したら、うまく昼食時間に取れた。車で行って、検査場で、数分で終わる検査をした、と言っても、唾液を入れ物に入れるだけだが、それで帰宅した。午後1時からオンラインセミナーがあって、間に合った。1時間で、オンラインは失礼したが、もう身体が熱っぽく、完全に検査結果は陽性だろうと思うが、いつの間にか、居間に横たわって居眠りをしていたらしい。検査の明日、つまり今日の夜までに、結果をメールで知らせると聞いて、なんとか安心した。しかし時間の貧乏性なのか、居眠りをするのは、罪悪感があって、書斎に行って、原稿を書いたり、諸々の仕事をした。家内からもらった解熱剤を飲んで、なんとか体温が戻ったので、仕事を続けたが、寝てればいいものを、と思いながら、強情にも、書斎で仕事を続けたが、思えば、昨日は土曜日だった。それでも微かに、風邪かもしれない、と淡い期待をして、床に入ったのだが、昼寝をしたせいか、真夜中に目が覚める、が、仕方なく横になって、いろいろな事を思っていた。どうも、原稿のことが気になって、あれこれと思いを巡らせていたが、今朝の明け方、家内が体温計を出したので、測ってみたら、38度もあった。もう完全にコロナに感染したのだろう、仕方ない、月曜日には都内に出かける用事があったが、キャンセルするしかない、人生には、こういうこともあるのだ。実を言うと、数日前に家内に陽性反応が出て、医者から外出禁止と言われているので、老夫婦が感染したのだが、家の中では、マスクもしないで、話をしているので、もう疑いようもない。おかしなもので、自分だけは、決してコロナに感染しないと、決めていたらしい。当たり前のことだが、自分も例外ではないことが、初めて分かった。それにしても、所在ないことは、これ以上苦痛なことはない。机の前に座って、諸々の仕事や調査や原稿の整理などをしていると、身体がだるいことも忘れてしまう、仕事は、ありがたきことかな、と本心で思う。それでも、どこか自分の意志ではどうにもならない気だるさがあって、物憂い気持ちになるのは、仕方がないのだろうか。文脈はないが、方蔭(かたかげ)や昔のポスト似合う町(あらいひとし)の句が、なんとなく、気持ちに添っている。夏の日差しの強い日、誰も通らないような田舎の町で、軒下の日陰を歩いていくと、昔ながらの赤いポストがある、晴れやかさもなく、住んでいるのは、お年寄りばかりで、眠たそうな午後の時間の風情を詠んだ句としたら、そんな感じである。頭が重く、身体がだるく、典型的なコロナ感染の症状だが、これも経験すると良いのかもしれない。何事もない平凡な日々が、どんなに有難いことか、身に沁みる。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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