今は、土曜日の夕方、まだまだ暑く、西日が眩しい、と書きたいところだが、今日は、曇り時々小雨で、蒸し暑いが、35度越えのような異常な暑さではなく、最高温度30度以下のようなので、平年並みで、窓から聞こえる蝉の声も、心なしか大人しい。近所に弘法大師の社、と言っても、ごく小さいのだが、この時期に夏祭りがあって、近所の役員さんがいろいろ準備をするが、今年は、祭りの山車はなく、小さな屋台で、焼きそばと綿菓子の2テントだけ、申し訳なさそうに店番をしている人がいる。家内が、町内会なので、奉納金を、社の側にある大型テントにいる役員さんに、渡した。これでとりあえず、義理は果たせた。自分は、午前中は諸々の仕事に追われ時間が過ぎたが、午後はオンラインでの講演があって、夕方に終わり、今日も、なんとか役目を果たせた。この年寄りでもまだお役に立てるのか、と思うだけで、生きる自信が湧いてくる。夕方は、例年では、娘と息子の2家族が、集まって、ワイワイガヤガヤと、孫を交えた人生ゲームなどで、盛り上がるのだが、今年は、どうも無理で、息子家族だけ、後30分ほどでやってくる。リクエストは、カレーライスと唐揚げというから、安上がりだが、家内は、嬉しそうに料理を作っているようだ。窓を開けているが、お囃子が聞こえてこない、そうだ、今年は密を避けて、山車もお囃子もないのだ、景気のよい音楽が聞こえてくると、どこかそわそわするのだが、今年は、孫を連れていけない、行っても、面白くないだろう。まるで通夜のような、夏祭りもどき、で、蝉も、ツクツクボウシか、ヒグラシか、もう夏の終わりを告げているようで、寂しげだ。家内と話合って、庭の畑を整理する予定になっている。ブログで、小さい庭と書いているが、実は、多少大きい庭で、畑で菜園をしていて、玉ねぎ、ジャガイモ、キュウリ、トマトなど作っているが、今年は雑草の伸びが早くて、しかも背が高くなって、草刈りに苦労した。この暑い8月に、連日草取りをしたので、もうすっかり音を上げた。今年を最後に、菜園をほとんど縮小して、その地に、梨とか梅などの果物の木を植え直すことにした。9月になったら、その作業に取りかかろう、と話し合っているが、ちょうど似たような計画をした人の句が、新聞にあった。力尽き土に別れを告げたのに最後の種を選ぶは淋し(住谷佳萬)、と本格的な農業を営む人だが、寄る年波には勝てず、という所か。自分も、そろそろ、そのような時期に来ているらしい。一組だけの遅い帰省、お囃子抜きの夏祭り、畑の菜園との別れ、どこか、寂しげな夏の終わりが近づいてきたようだ。が、それで良し、ほとんどの日本人が、何かを中止したり、縮小したり、自粛している時代なら、それが最も優れた選択肢である。
