迎え火

今は、土曜の夕方、スポーツジムから帰って、書斎に上がって、画面に向かっている。天気予報によれば、関東に台風が上陸する関係で、警戒するような大雨になるというが、午前中も、時折、台風らしい強風と大雨があったが、午後はそれほどでもなかったので、スポーツジムに行った。帰宅しても、雨は小雨程度、風も小さく、窓から見える木々もあまり揺れていないので、どこかに逸れたのか、まあ、警戒するに越したことはないので、夕方の一時を、平穏に過ごしている。そう言えば、今日は13日、ご先祖様を自宅に迎える、迎え火を焚く日だった、もっと暗くなったら、玄関先で、家内が買ってきたオガラに火を灯そう。送り火は、16日らしい、西の空から降りてきて、お盆を自宅で過ごし、また天に戻るのか、昔の人は、可愛らしいことを考えた、というか、仏事だろうが、どこか哀愁があって、亡父と亡母に少し滞在してもらおう。8月も13日、お盆の時期になった、蝉しぐれが聞こえ、お墓参りも済ませ、期待外れの台風もやってきた、甲子園の高校野球が真っ盛りで、いつもの夏らしい季節になった。と言っても、コロナ禍で年中マスクをかけ、在宅勤務で、オンラインでの打ち合わせが、仕事らしい活動となった数年間、生活スタイルが変わった。自宅では、家内と話すことが多く、午前中は書斎で仕事、出版向けの資料の準備や原稿書き、講演資料の作成、諸々の雑事などで、午後は、平日はオンラインでの打ち合わせが多いが、なるべく筋力を付けたいので、スポーツジムに行くように、心掛けている。晩年になっても、仕事があり、運動をし、美味しい食事をし、ぐっすりと就寝する、それは、贅沢な生活と言えよう。夏が来て、お盆が来て、やがて甲子園の高校野球も終わり、秋風が吹き始め、残暑も微かに衰え、というように、自然は、人間の思惑を超えて、悠久の時を流れていくようだ。自然から見れば、人間の営み、仕事のこと、人間関係のこと、健康のこと、家族のこと、など、時に有頂天になって喜び、時に失望してがっくりと肩を落とし、時に涙を流して悲しむ、天から見れば、微笑むような些事かもしれない。新聞にこんな句があった。八十年行き来し方を想いつつ真向ひの山の大杉見上ぐ(松下二三夫)、大杉は真っすぐで、天に向かって、悠々として、大杉ともなれば、何百年も生きてきた、80年はまだまだ、と思えるところが、面白い。下界は、まあ、ちまちまと騒がしいことよ、と、迎え火を焚いたら、懐かしい両親が、笑うかもしれない。この歳になっても、会えるものなら、会って話がしたい。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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