厳しい世渡り

今は、20日水曜のお昼前である。この変則的な時間は、種々の理由があるが、説明は省こう。本来は、昨日の夕方がブログを書く日だが、昨日は都内に出かけて、帰宅が予定より遅くなり、時間が取れなかった。一昨日の月曜は、3連休の最後で、いろいろあった。この年齢になっても、諸々の仕事が入ってきて、有難いと思う。タレントは、どんなに忙しくても、オファーがあれば、どんなに無理をしても、引き受けると、聞いたことがある。それは、見放されたら、もう仕事が来ないという怖さを知っているからだという。さすがに、激しい生存競争に身を置いているプロは、その厳しさを知っている、そうではない市井の人は、タレントから見れば、呑気に世間を渡っているように、見えるだろう。と言っても、何もしていないのではなく、それなりに見えない努力をしている。例えば、自分事であるが、手帳を見て、ふと講演資料を作るのを、忘れていたことに気が付いた。3週間も先の講演、と言っても、校内だけの小さな研修会なのだが、これはいけない、と思って、資料を見直した。この市内の研究指定校には、年に3回、60分の講演をすることになっている。この前の講演内容を見て、その流れで、次の内容を話さなければならない。市内の研究指定校には、昨年から関わっているので、全体研修会での講演が3回、研究指定校が小中学校の2校で年3回、つまり1年間で9回の講演をすることになる。全体研修会の最後は、オンラインで市内の全校に送るので、内容はかなり吟味しなければならない。2年間なので、合計18回の講演回数になる。厳しいことは、多少の重複はあっても、まったく同じ内容は話せない、ということである。と言っても、限られたテーマで、すべて違う内容で、60分間話しっぱなしで、先生方を飽きさせないで、という条件は、もはや、自分の力量を超えている。だが、先のタレントと同じで、オファーに対しては、決して断れない、というよりも、一応この分野のプロしてのプライドが許さないので、努力を続けるしかないのだ、が、それが、有難いのは、勉強したり研究資料を読んだりできるからである。大学の講義も、オンラインになって、たぶん先生方も厳しいのではないか、と同情する。対面ならば、脱線も、冗談も、板書もしたり、無駄な時間が取れる、実は、この冗長な話や活動が、学生の脳を活性化させ、飽きさせないのだが、オンラインでは、それがやりにくいのである。どの先生も、相当に努力されていると思う。数日前の新聞に、こんな句があった。猛暑日やリモート講義今日最後(加藤武夫)、分かる、ようやく、前期の講義が終わったという安堵感が伝わってくる。厳しいのは、市井の人も同じだったか。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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