今は、日曜日の夕暮れ時、まだ外は明るいが、珍しく、ギンギンの空ではなく、どんよりとした雲が広がっている夏空である。珍しく、とは、ずっと人の体温越え、酷暑、猛暑、危険な暑さが、続いて、雨を待ち望んでいたからで、ほんの少し、パラと、お湿りとも言えぬ雨が降ったが、天の恵みである。明日から、当分、湿り気のある天気のようで、これで、野菜も果物もお米も喜ぶだろう。公開のブログで書くのは気が引けるが、私的な旅行に老夫婦で出かけた。北陸の観光ツアーで、日本三景の1つの天橋立、情緒豊かな伊根の舟屋など、行ったことのない名所や、何十年ぶりかの永平寺や東尋坊などを観光して、昨夜遅く帰宅した。旅の疲れは老いの身には堪えるが、すぐにシャワーを浴びて、土産に買ってきた鯖缶と干しホタルイカを魚に、冷えたビールで喉を潤すと、もうこれ以上の贅沢はない、と思う程、身も心も落ち着いた。旅行中は、猛烈な暑さで、バスの中で冷えた水を飲み、外に出れば汗だくだくで、中学高校の烈しい運動部の練習のようで、冷房の効いたバスに戻るような、繰り返しだったが、これが、この上ない喜びであった。そこか、これは、大人と老人の修学旅行なのか、行儀のよい生徒たちで、弾んだ声で話し合い、時間は厳守で、添乗員さんを喜ばすかのように拍手を送り、生活態度は満点の集団であった。宿は、言うまでもなく、ゆったりとした豊富な温泉で、もうこれ以上はないという程のバイキング料理に、食いしん坊という欲望が遠慮なく表に飛び出してきたようで、少し恥ずかしい気がした。こんなことは毎日続く訳はない、だから観光旅行、非日常的な出来ごとなのである。非日常だから、年に何回か訪れるのだが、その感慨が余韻を持っている。今朝は、ぐっすりと寝て、今日は日曜日か、と思いつつ、朝からオンラインの打ち合わせがあった。その後、すぐにメールを出して、手際よく対処した。それは、長年の経験で、すぐにしないと、仕事は思わぬ方向に展開し、難しい局面になる場合がある。ホッとして、お昼は、家内と車で買い物に行って、その後自分はスポーツジムに行って、帰宅して今、パソコンに向かっている、という次第である。これが、日常なのである。非日常と日常の切り替えが大切で、そのどちらも、すぐに対応すること、そしてどこか楽しさや喜びを見つけるのである。スポーツジムからの帰宅途中、こんな光景に出会った。新聞にあった、夏帽子自転車の母前後の子(臼井正)の句の通りで、この母親は、これが日常で、観光地でアイスを買って我が子に与える母親は、非日常の光景だろう。どちらも、美しく、楽しく、今が幸せなのだと、見えない声が聞こえてくるようだ。
