今日は火曜日の夕方、書斎でパソコンに向かっている。梅雨時なので、窓から見える空は曇天で、今日も一日中、小雨がぱらついていた。明日は時間がなく、今日ブログを書いているが、この世の中は、いろいろな事が起きてくる、そして去っていく。新聞の1面を大きく飾っていた、ウクライナの戦況のニュースは、いつの間にか小さくなった。そして別の出来事が起きて、人々の関心が移っていく。これが世の中なのか、良いことも悪いことも、生まれては消えていくのか。老夫婦だけの生活では、テレビ番組は、曜日によって、およそ決まってくる。日曜朝のNHKの小さな旅は大ファンだが、それ以外は、主に夕食時だけ視聴している。NHKニュースを見て、さて夜7時半からは何がいいかと、新聞のテレビ欄を見ても、あまり見たい番組は少ない。その中で、金曜の夜は、録画しているNHKの朝ドラの番組をまとめて見ているが、面白いと言えば面白いが、何しろ物語の筋書きが荒唐無稽で、現実にはこんなことは無いだろう、と思うが、ただ、この前に見た一コマは、確かに現実を映し出していた。9回裏の逆転劇のような場面展開があって、ようやく念願かなって幸せな結婚ができて、やがて、赤ちゃんが生まれて、幸せ絶頂なはずなのに、何が原因か知らないが、離婚話が出てくるシーンがあって、また、よりを戻すのだが、これは現実にありそうな筋書きである。つまり、幸せな期間は、ずっと続くことはないのだ、あばたもえくぼの例え通り、夢中になっている時は、世界が違って見える、現実に戻ると、いろいろな事実が見えてきて、これが、結婚生活なのか、と思うのだが、そのシーンは、まさに現実なのだ。だから、永遠に続く幸せな家庭や波乱の無い生活などは、ドラマか漫画の世界だろう。ドラマは、現実ではなく、仮想の創作なので、俳優などは、その意味では、因果な商売ではないかと思う。ただ、ここで言いたかったのは、この朝ドラの逆もあると言うことなのだ。世の人々は、失意の出来事、意のままにならない人間関係、うまくいかない仕事、ぎすぎすした家族、思わぬ事故や病気など、数えれば、無数に経験しているだろう。だが、待てよ、先の朝ドラの展開とは逆も有りうるのだから、それは永遠には続かない、という事実であり、それが、現実社会なのだ、だから、現実社会が、人の生き方を救ってくれ、希望を持っていれば、必ず好転する。仮想の世界、作り事の世界は、どうにでもなる、だから、その世界は空虚であり、幻のようなものである。現実は厳しい、と言うが、打てば響く、必ず反応する世界だから、心配しなくていいのだ。今日の新聞に、日へ雨へ背筋を立てる早苗かな(松広訓)、の句があった。早苗よ、実りあるお米になるまで、梅雨の長雨に打たれ、炎天下のような日を過ごし、嵐のような日も送るのか、背筋を伸ばして、戦う姿勢なのか、と思えば、早苗を応援したくなる。まんざら捨てたものではないのが、この世の中である。早苗を見習いたい。
