今は、5月14日土曜の夕方、ブログを書く時間である。いつもと同じように、スポーツジムに行って、帰宅して一息つく時間で、このブログ書きが終わると、お風呂と夕食が待っている。ブログで同じような内容を書いているが、日々の過ごし方に、大きな変化はなく、楽しいこともあれば、面白くないこともある、そんなことは、誰でも経験しているだろう。それは、ほんのちょとしたこと、書斎の机に接している棚に紙ファイルを置いて、書類を整理しているが、その整理の仕方を工夫したら、ファイルするのが随分楽になった、とか、今日は携帯の電池が何故か急に下がって、そろそろ充電しなければならない、とか、詰まらないようなことが、起きてくる。そうして毎日を過ごしているのか、スポーツジムに行く前のちょっとした時間に、家内と話をした。歳を取ってくると、身体も脳も心も、だんだん機能が低下してくるのが、やはり寂しい、とか、何か面白いことはないのか、と言っても、旅行会社に申し込んでいた、ツアーが応募人数が規定に達しなくてキャンセルになった、などで、元気の出るような話題が少しづつ減ってくるが、どうしてかと聞いても、歳だから仕方がないと、言う。たぶん、当たり前だろう、どの家庭でも、似たような話をしたり、愚痴を言ったり、物忘れが多くなったとか、病気の話とか、およそ老夫婦の話題は決まっているだろう。だが、待てよ、面白くない話ばかりではないのではないか、小さな庭だが、雀がやってきて、水の入った容器で水浴びをしている光景を今日見たが、可愛らしく、童謡の世界のようだ、とか、午前中は雨だったが、午後は晴れて、初夏のような気候になって、草や花が空に向かって背伸びしているようだ、とか、午前に資料を作っていたが、少し面白い内容もあった、とか、暑くなってきたから、夕食にはワインではなくビールがいい、とか、いっぱいあるじゃないか、そう思うだけで、嬉しくなった。どうせ、これから先の人生は限られた時間なら、楽しいこと、面白いことだけを、思うようにしたら、幸せな生き方ができるだろう、と誰でも考えることを、思いついた。人の生き方は、こんなに単純なものなのか、と思いつつ、昔やった弟子の研究でも、同じ知見を得たことを思い出した。新聞に、こんな句があった、夏近し風にも色のついており(坂本和夫)。作者の心は、どこか弾んでいて、風に吹かれていると、その気持ちが風に映ったようで、おそらく明るい色だろう、と推測した。窓から外を見ると、深紅やピンクや白色のバラの花が、濃い緑の葉によくマッチして、自然は人間世界のことは知らぬ顔で、季節を謳歌しているようだ。今日のブログは、前にも似たような趣旨を書いた記憶があるが、仕方がない、日々の生活とは、このようなものだから、と思って、夕暮れの静かな外を窓越しに見ている。良いことだけに目を向ければ、世界は明るく見える。
