今は、5月10日火曜日の夕方、ではなく、昼間である。今日も明日も夕方に時間がとれず、この時間しかブログが書けない。ちょうど1時間空いていて、これだ、と思ってパソコン画面に向かっているが、夕方であれば、今日の出来事を振り返るので、どこかブログらしくなるが、この時間では、ほとんどの人は仕事の最中である。つまり自分も、どこか気がひける、仕事もしないで、というか、仕事の都合がつかなくて、という言い訳になる。外は初夏のような日差しで、小さな庭では、気持ち良い風が吹いている。先のブログでも書いたように、競争とか言い争いではなく、春風に吹かれて、なでしこのような小さな花を愛でながら、夕方の一時を過ごしたいと思うようになるのは、たぶん年齢のせいだろう。とは言っても、この世の中は、思うようにはいかず、神のいたずらか、どこからか横槍が入って、うーんと力んでみたり、嘆いてみたり、そんな出来事と出会いながら、夕食時に、家内と話したりする日常である。どこも同じような光景ではないだろうか、人は人と話をして、救われるのかもしれない。時折、ロシアやウクライナのこと、例えば、子どもや女性たちが、とりあえずマリウポリの製鉄所から避難できたというニュースだけで、心が休まる。それは、政治ではなく、人としての根源的な感性であろう。自分も、振り返れば、ロシアからの留学生がいて、いろいろな思い出がある。一人一人は、何も問題はなく、愛すべき特性を持っていて、楽しい思い出ばかりだが、政治や思想が介在すると、どうして、このように悲惨な状況になるのだろうか。素朴で優しい人達浮かべつつロシア民謡歌いしあの頃(岩本房子)の句が、今日の朝刊にあった。誰も同感するだろう、振り返れば、中国から、台湾から、韓国から、ロシアから、オーストラリアから、インドから、インドネシアから、多くの留学生がやってきて、思い出を作って帰国していった。楽しいことも、悲しいこともあったかもしれないが、どの顔も、笑っている、としか思い出せない。そう言えば、インドからやってきた研究者の小さな娘、当時小学校1年生だった女の子が、今は大学の教員で、最近、子どもが生まれたというメールを、今朝もらった。まるで、曽孫が生まれたような気持で、なんともいえない気持ちになった。当時、小学校1年生のこの子は、毎日学校からの帰りに、自分の研究室にやってきて、学生や院生らと一緒に過ごしたから、学生たちのマスコットだった。もちろん、大の日本贔屓だったから、大学も日本だった。人間の運命は分からない、今頃、あの留学生は何をしているのか、優しい笑顔ばかりが浮かんでくる、政治とは、大切な人のつながりを、無残に切り落としてしまうものなのか。
