平和な日

今は、火曜日の夕方、この時刻は、静かでほっとする和やかな時である。昼間の雑音、それは物理的な音というよりも、こうだ、ああだ、という議論もあり、意見の食い違いもあり、戦争のような命の奪い合いもあり、この世に起きてくる災いの出来事で、人は、できれば見たくも聞きたくもない雑音の中で、昼間を過ごして、夕方になって、やっと心を休める。自分には、朝もそのような時間がある。ここ1ヵ月ほど前から、小さな庭にやってくる小鳥たちに、餌をやっている。近所に、小川にいるカモにパンをちぎって餌をやる人がいて、その姿に世俗などを捨てた好々爺のような風情を感じて、自分も真似てみたい、と思ったのが、きっかけである。パンをちぎって、庭に置いておくと、小鳥たちがやってきて、突いて食べる、家内が、水を入れた容器を置いたら、水を飲むので、小さな家族のような気がしてきた。ただ、ヒヨドリがやってきて、始めに食べて、小さな雀たちは、後になって、遠慮がちに食べている。家内が言うに、ヒヨドリは、野菜の葉っぱを食べてしまうので、餌をやりたくない、できれば、雀だけにやりたい、どうしたらいいだろうか、いろいろ相談して、パンを部屋にほっておけば、乾燥するので固くなる、それを大根おろしで、こすれば、細かいパンの切れ端ができる、という珍案に気付いて、100均に行って、大根おろしを買ってきた。こすると、きれいで、しかも細かい粉ができて、庭に撒いたら、さすがにヒヨドリはクチバシが大きすぎて、摘まめない、すぐに逃げてしまう、という予想通りの結果で、雀たちは、自由に、長い時間をかけて、ついばんでいた。しかし、珍案というのは、どこか欠点がある。固いパンだから、こする時に力が必要で、しかも、パンが小さくなると、こすれない。仕方がないので、手でちぎったが、意味がないことに気が付いた。この話を、整体院で話したら、先生に、パン粉があるじゃないか、と言われて、そうだ、何故こんな簡単なことに気が付かなかったのだろう、と思い、パン粉を買って、ばらまくと、雀たちだけで、朝からお昼にかけて、パン粉を食べている。そして、その光景を、居間から見ている。なんと平穏な時だろう。ウクライナはどうだろうか、とふと思う。今朝の新聞に、青空とひまわり色の美しき国旗のままにウクライナあれ(榎本セツ)、の句があった。そう言えば、一面に黄色のヒマワリが咲き、真っ青な空が背景にある光景が目に浮かぶ。そんな平和な日がいつ来るのだろうか。ウクライナの人々に、日本にも多くの人が祈っていることを、伝えたい。世界が早く平和になると良い。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

コメントを残す