春を楽しむ

今は、4月2日土曜の午後5時、スポーツジムから帰ってきたばかりで、ブログを書くには、最適の時間である。もし自分の生活時間割があるとすれば、ぴったり収まるコマで、ここしかない。昔、高校で教鞭を取っていた時、教務係だったので、時間割の先生方のコマを動かすのが好きだった、出張とか、イベントとか、時間割のコマを動かさなければならない時があって、大規模校なので、それなりの技が必要であり、自分が理系だったせいか、係りになった。まあ、将棋の駒を動かすことと、それほど大差はないのだが、自分なりのやり方、アルゴリズムを考えるのが、好きだったのだろう。今は、西向きの窓から、柔らかな日差しが入ってくる、静かな春の夕刻である。桜も満開で、スポーツジムの3階はゴルフ練習場、2階はプールで、1階は各種マシーンだが、最近は、主に3階と2階に行っている。2階には、屋内にプール、屋外にジャグジーバスがあって、泳いだ後は屋外に出る。2階といっても、高層ビルなので、普通の家屋の倍近い高さで、桜が満開で、その贅沢な光景を、上から見下ろしている。風に吹かれて、桜がちらほら舞い上がり、ジャグジーバスまで、たどり着くこともある。ここは、極上の温泉ホテルなのか、と見紛うような気持になって、身も心も癒される。今日は、風も弱く、暖かな気温で、ああ、春なのだ、と当たり前のことに、感心したりする。自宅からの行き帰りに、旧市役所の跡地である広場を通るが、そこでは、親子連れ、中学生や高校生も混じって、スケート、バトミントン、ダンスなどに興じている。春爛漫とは、このことか、と思う。いいだろう、楽しむ時は、子供のように、全身で楽しむが良かろう、苦しい時は、全身でもがけば良い、今は、老いも若きも、春を満喫する時期なのだ。卒業と入学の間に名札なき数週間の虹の架け橋(坂庭悦子)の句が、新聞にあった。広場で楽しんでいる子供たちの解放感で溢れている表情を見ると、この句の通りである。子供たちが渡る次の世界には、虹のような、明るい未来が待っている、その希望が、込められているようだ。次の世界に行けば、それなりの苦労もあるだろう、苦しいことも、思うようにならないこともあるだろう、ただ、今は、そんなことは考えなくて良い、希望だけを心に描けば良いのだ、そして、都合の悪いことが起きても、全身で取り組めば、きっとなんとなる、むしろ良かったと転じることが起きる。その理由は説明できない、ただ、自分の長い経験から言える教訓である。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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