今日は21日春分の日で、3連休の最後の日だが、自分には、土日も祝日も関係なく、日が過ぎていく。ブログを書く週の中日の予定は、火曜か水曜だが、今日の方が時間が空いている。土曜はオンラインイベントがあったが、さすが日曜と今日は、仕事は入っていない。忙しい人は、たぶん、いろいろなイベントに関わっているだろうが、自分の歳では、ちょうどよい。3連休で、出来なかった運動を、スポーツジムに行って、大いにやったが、身体を動かすと、気持ちが前向きになれる。テレビのニュース番組は、悲しい出来事ばかりで、ロシアのウクライナ侵攻で、学校や病院などを無差別に攻撃している光景が放映されると、この頃は、避けて見ないようにしている。とても、神経が耐えられない、罪のない子供が犠牲者になるのは、教育に関わる身としては、もはや限界を超えている。さらに、福島などでの地震の被害で、ニュースでは、心が折れて、立ち上がろうという気力がない、と被害者の方が、話していたが、今は、楽しいことはないのか、苦しみと悲しみと、前途を悲観することばかりなのか、と思うのは、自分だけではないだろう。それでも、春の甲子園が始まって、久し振りに球場が人が満たされて、喚声が上がっている光景が、画面に映し出されている。そうか、春なのだ、全国の選抜された球児達が、脇目もふらず、熱戦を繰り広げている。本当に、高校生は若い、青春とは、このことなのか、大地震という天災が来ようとも、理不尽な戦争という人災が起きようとも、ただ目の前のことに命を燃やしているのか、それが、大人や老人には、まぶしい、そして、コロナ禍以前の姿と変わらないことに、郷愁と共に感動を覚える。今日の新聞に、春の土手声を一つに陸上部(萩原行博)の句があった。まるで寅さんの映画に出てくるような光景で、声を掛けて走っていく姿は、遠い昔の自分を重ねているのかもしれない。自分も高校教師が就職のスタートだった、何も知らず、ただ夢中だった、戻りたいとは思わないが、若いということは、輝いていることなのか、若い人は、今の幸せを十分に生きてほしい。ウクライナで若い命を失った人には、これから花も実もある人生があったろうに、と残念でならない。甲子園で歓声が聞こえる日本と、爆撃で悲惨な状態のウクライナを見て、世の無常を感じる。
