春は来るのか

今日は土曜日の夕方、スポーツジムから帰宅して、机に向かっている。いつもながら、西空が薄茜色に染まって、今日も明日も良い天気が続く。今日の昼間は、まるで春のような陽気で、ジムへの行き返りは、コロナ禍を忘れて、昔に戻ったような気がした。土曜といっても、平日と変わらず、午前は自分の仕事だが、午前と午後2時半までは、オンライン会議と研究会が入っていた。外からは、たぶん平穏な日が続いているように見えるだろう。というのも、朝小さな庭にある木に、雀が止まっていて、パンを細かくして、庭の土にばらまくと、10羽くらいの雀が、ヒヨドリが混じっているが、つつくので、それを眺めるのが日課になっている。徒歩2分位の場所にスーパーがあって、前日に余って安くなった食パンを買うと、それで1週間は持つので、安い餌代なのである。近所には、スーパー手前の小川にカモがいて、その餌付けをしている方がいて、その光景も楽しめる。歳を取ると、こんなことが、どこか癒しになり、小さな生き物に愛着を感じるようになる。ヒヨドリは大きいので、雀は遠慮してか、パン切れを摘まんで、すぐに飛んでいって、別の場所で食べているが、ヒヨドリが場所を占有しているようだ。だから、なるべくパンを細かくしてばらまいているが、ヒヨドリは大きいパン切れしか食べないようで、その後は、雀が自由に食べている。細かくするのもコツがあって、両手でパン切れをこすると、細かくなるのだが、こんなことも、いろいろやっている内に、気が付く。今の季節はあまりやらないが、雀は、土か砂に身を置いて、羽を回して、虫でも落とすのだろうか、羽繕いというのか、その後は、そこに丸い窪みができる。こんな些細なことでも、心が暖かくなる。朝と昼と夕の食事時間は決まっているから、かつては、夕食の時間しかニュースを見なかったが、この頃は、ウクライナが気になって、食事時間に3回ニュースを見て、ヤキモキしている。外国のことながら、ウクライナが哀れになって、仕方がない。自分は、こんな呑気な生活をしてと思いつつ、もしロシアが勝つようなことがあれば、この世に正義はあるのか、と悲憤慷慨するだろう。ヴィヴァルディ流す我が家の牛舎春(星野芳美)の句が新聞にあった。のどかで、目を細めている牛の姿が脳裏に浮かぶ。こんな光景は、いつウクライナで見られるのだろうか。ウクライナに、いつ春は来るのか。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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