今は、土曜の夕方、ジョギングを終えて、シャワーを浴びて一息ついたら、まだ夕食までに時間がある、今の内にブログを書いておこうと思って、書斎に入り、画面に向かっている。今日は、朝からお昼まで、オンライン研究会に参加して勉強した。文字通り、勉強なのである。教わることが多かった、しかも、心底から賛同する発表に出会った、オーバーに言えば、視聴しながら、胸がドキドキするような気がした。だから、ずいぶん、得をした研究会だったのだ。共鳴するとか、知的興奮とかは、年齢にはまったく関係ないのだ、歳を取ったから、は、言い訳の時に使うのだろう、物忘れはあっても、肝心のことは覚えていて、本質だけは輝きを失っていないで、周囲のことはぼやけているような印象で、オンラインで自分のビデオの背景をぼかすような印象である。些細なことはどうでもよくなり、肝心なことだけは、妙に気になるのだが、それで良い。昨日は、都心に出かけ、オンラインセミナーで講演をした。まるでテレビスタジオのような晴れがましいオンライン配信だったが、正直に面白かったし、知的に満足した。周囲の人に、多少のお世辞も交えてだが、良かった、と言ってもらえたが、何でも仕事がうまくいくと、嬉しい。その余韻が今日もあって、小さな幸せのような気分を味わった。小さいながら庭に出ると、バラや山茶花、野菊などが咲いていて、数羽の雀が木々に止まっている、それだけで、生きていることが有難いと思う。自然というのは、悠々として、コロナだの仕事だの人間関係だの、人の世のこととは別世界なので、そこに触れるだけで癒されるのだろう。そう言えば、昨夜は、ほぼ皆既月食だったので、家内と見た。見事に、東の空にオレンジ色をした光が月の下部に見えて、スマホで写真を撮った。下部だけ光った月は記憶にない、あれは地球の影なのか、と思うと、確かに宇宙は悠々として泰然としている。身体が冷えてきて、すぐに家に戻ったが、しばし、夢追い人のような気持になった。暦通りに、秋も深まり、足も冷えてくる。冷や冷やとズボンのあしをとほしけり(よしだ悠)の句を、新聞から引く。寝る時には、ズボン下をはいているが、それ以外は着けていないのだが、そろそろだと、思っている。寒い時には、それなりに対処すればよかろう、何も瘦せ我慢しなくてよいだろう。時のまにまに、生活する心地よさを、感じる年齢になってきた。
