部位が呼応する

今は、水曜日の夕方なので、今日の出来事を振り返ってみる。オンライン会議もあったが、いろいろ気になる仕事があって、締め切りを頭の片隅に置いて、作業をしていると、どうも人の脳は、いくつかの部位が活性化しているらしい、というのは、いろいろな内容が結びついてくるのである。それが、不思議なくらいで、何か、そのために、この仕事をやっていたのか、と思うような感じなのである。Aの仕事をして、これは締め切りも近いし、なんとか効率を上げて、と思いながら、その資料に出てきた表などが、妙に気になっていたら、午後のオンライン会議で、それがイメージとしてピッタリで、いかにも会議のために予習をしてきたのか、と、たぶん相手は思うくらいなのである。そして、さらに資料を読んでいくと、この考えはBの仕事に相応しい、と思って、Aの作業を中断して、Bの作業に入る、すると、Bの資料が息を吹き返したかのようで、知的レベルが上がるような、少し格調が高くなるような感じがして、眺めていると、いきなりCの仕事が浮かんできて、このアイデアは、Cの骨格ではないのか、と思うようになって、何か、すべてが数珠で繋がれた状態になるのである。Cの仕事は、自分にとっては重要で、どこか腑に落ちないところがあって、もやもやしていたので、なんだ、こういうことか、と納得した。脳にはいくつかの部位に、いくつかの仕事が対応していて、ある部位が活性化すると、別の部位がそれに呼応する、するとさらに別の部位が、というような共鳴状態になるのかもしれない。ただ、注意したいことは、それが気まぐれなのか、たんなる思い付きなのか、それとも本質的なのか、という区別だろう。世間的に言えば、それは直感だろう、その直感が的を得たものなのか、絵空事なのか、の違いは、どこから来るのだろうか。たぶん、それは、洞察力、推察力、などの、本質を見抜く力のようなものだろう。それには、脳が研ぎ澄まされていることが条件で、その意味では、早朝、つまり朝一番がいいかもしれない。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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