時々書いて時々休む

昨日は、1台のPCでオンラインにアクセスし、もう一台のPCで仕事をしていたら、聖徳太子と違って、オンラインの方は、ほとんど頭に入っていない、時々画面を眺める程度になって、やはり凡人には無理だと思った。何故こんなことをしているか、と言えば、時間が足らないからだ。このところ、仕事が重なって、締め切りが迫ってくると、焦りがでてくる。焦ると、若い頃と違って、質が落ちる、今は、余裕のある仕事、ゆったりとした生活の仕方を信条としているので、このような状態になると、どうも落ち着かない。審査、オンライン会議や採点、原稿書き、対面での会議、講演の準備など、10月から11月にかけて、いろいろ入ってきた。昔なら、うまく割り振って処理できたが、今は、処理速度が遅くなったのか、別の視点から考えるようになったのか、時間がかかる。ただ、自分の気持ちとすれば、今の方が、味のある、少し渋みのある、仕事のような気がする。鮎の旨さは、少し苦いからで、あの苦さで、味に深みが出るとブログでも書いた、ワサビがあるから刺身や蕎麦も旨い、ように、大人になって分かる味がある。自分では、そのような歳の取り方、仕事の仕方、生活の仕方を目指しているが、どうも、時間が足らなくなった。このブログは、朝の爽やかな時間に書いているが、午後はオンライン会議などがあるので、午前は自分の仕事の貴重な時間なので、この時間を仕事に充てたい、と思い、ブログを書く時間を夕方に変更しようと思う。ということは、夕方にオンラインなどの用事が入ってくるので、表題のように、時々書いて時々休むことになる。毎日読んでいただく読者には、お許しいただきたい。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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