昨日は、良く晴れた日曜日、午前中は出版原稿を書き、午後は、月に1度のお墓参りに行った。これは、老夫婦の気晴らしのようなもので、墓苑が新しく、まるで植物園かバラ園かと見紛うほどの施設で、小さなピクニック気分なのである。1ヵ月の報告を両親にして、墓苑を散歩するのが、我々の楽しみである。土日は、リラックスしているので、お昼を外食にしたいが、土曜にカレー屋さんに行ったので、昨日は、車で少しドライブをして帰宅した。日曜日は、スポーツジムの日なので、リックをしょって歩いていくが、このコースも好きで、途中に広場があって、そこで子供や親子連れや若者が、自転車、バトミントン、ダンスなどに興じている姿を見るのが、楽しみだ。ジムは、土曜は混んでいるので、平日と日曜の週2回にしているが、ランニングマシーンの後は、2階のプールで泳ぎ、屋外にあるジャグジーに浸かった後、椅子に腰かけて足を台の上に投げ出し、街の風景を眺めるのが、一番のリラックスタイムである。夕刻なので、茜色の夕焼けが雲を照らし、街が陽光に包まれている光景を見ると、いろいろな事が脳裏に浮かんでくる。思い出すのは、ほとんど仕事のことだが、メールを見ると、誰でも同じだが、都合の良いことと悪いことが、混じっている。仕事だけでなく、生活や家庭や地域のことなども同じだろう、そして亡くなった父親が、晩年認知症になって、ありがとう、と口癖のように言っていたことを思い出した。どうしたら父親のようになれるのだろうか、と思ったら、在ることに目を向ければ、感謝と好々爺になり、無いことに目を向ければ、不満と頑固爺になるのだ、と気が付いた。今、夕日を眺め、プールで泳げるということは、健康であるからだ、こんなに有難いことはない、そう思えば、何も恐くないし、不満も起きないのだ。お墓参りのお蔭である。
