昨日は、AI時代の教育学会という小さな学会の年次大会に、オンラインで参加した。朝から夕方までの終日だったが、参加して良かった。自分は立場上、挨拶と総会と優秀研究賞の表彰式での出番だが、一応会長なので、セレモニー役を果たさなければならない。学校で言えば、校長先生役だろう、校長訓話とか、小学生の頃は校庭で聞いたことがあるが、今もやっているのだろうか。自分も、そんな歳になったのか、と思うが、研究発表、SIG活動、シンポジウムなどに参加すると、特に小学校の実践発表に、心惹かれる。大学の研究は、ほぼ内容が予測できるのだが、小学校の研究は、どこか未知で、意外性があり、そこに子供の姿が見える。高校生以上になると、内面を外に出さない、顔で笑って心で泣いて、という姿だが、小学生は、内面がそのまま外化される、だからアンケートでも子供の発言でも、そこに真実が見える、それは、直接に子供に触れている教師にしか分からない、だから魅力がある。例えば、子供の計算の仕方など、いろいろな方法がある、なるほど子供の個性とはこのことか、子供がネットで調べる、どこに注目したのか、それは子供の認知の外化である、デジタル教科書で子供が書き込みをする、それを紙教科書と比べれば、生きた比較研究になる、など、すべてが新鮮で、自分の知らない世界が見えるので、心惹かれるのである。そのような気持ちで参加していると、すべての発表者に感謝したくなり、参加して良かった、と思える。校長先生は、校長室に座っていると、子供のいる教室に行きたくなる、と言うが、同じかも知れない、教室で展開されている世界を見ると、大人や学校経営や教育委員会とのやり取りとは別の世界なので、心が休まるのかも知れない。歳をとるということは、そういうことなのか、とすれば、他人に優しい年寄りでいたい。
