原稿書き

昨日は火曜日、ようやく出版の原稿執筆に取りかかった。数枚の短い原稿は、隙間の時間で書けるが、まとまった原稿になると、時間の問題ではなく、気持ちの問題である。構想や目次の構成が自分の気持ちに添っているか、などで、よし書こう、と思うか、しばらく練るか、寝かしておくか、が決まってくる。気持ちとは、毎日のように変化していて、科学のように原理は不変という訳にはいかず、教育とか学習は、世の中の動きに、左右されやすいこともあって、自分の考えも基本は変わらずとも、揺らぎが生じる。夕方に、所属団体のセミナーに参加した、セキュリティガイドラインのセミナーだったが、この分野の変化は大きく、その動向を知っておきたいと思い、専門家の話を聞いた。自分があまり専門ではない分野では、細部に目が行って、全体を見落とすことがある。つまり、本質とそうでない部分の関係が、明確に見えないことがある。その関係を教えてくれるのは、むしろ質疑であろう、その応答によって、細部から本質に目を向けることができる。月曜の新聞に、割り算に癇癪おこす子へメロン(谷村康志)の句があった。たぶん、この子は、割り算の細部に目が行って、全体の仕組みが理解できないので、苛立ったのであろう、分かる気がする。なんで、こんな細かい計算をするのだろう、嫌だ、もうやりたくない、という子供の声が聞こえそうで、仕方がないので、その子の好きなメロンを与えて、ご機嫌をとろうとしたのだろうか、分かる気がする。先の原稿執筆でも、全体の構成に不安があると、書けない、書く気が起きない、それでも書こうとすると、イライラするのは同じである。部分より全体、木を見て森を見ず、の言葉通りで、セミナーで再確認した。ただし、昨日は、原稿がスムーズにリズムに乗って書けた、こんなことは珍しい。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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