昨日はオンライン会議も無かったので、手帳にしたがって、留学生の論文を読んで審査用の質問を書いていた、それが午前中で、午後は、久し振りの青空が雲の合間から見えて、秋空だな、と思って、雨続きでできなかった草取りをして、その後ジョギングをして過ごした。オンラインが無い日は、どこか休日に似た感覚があるのだが、定年退職したり引退した人には、それが寂しいと感じることがある。月曜日の新聞に、こんな句があった、蝉しぐれ予定なき日の始まりぬ(瀬古修治)、コロナ禍では自粛生活なので、所在ない日を恨めしく思うこともあるだろう。自分も引退した身なので同じ境遇だが、いろいろな役職をしているお蔭か、何らかの仕事が入ってくる。但し、すべて非常勤なので、あまり責任はないが、有難いのは、研究を継続しているからだろう、時間を持て余すとか退屈とかは、ほとんどない。今でも科研費をいただいているので、研究することがmustになっていて、何もしなければ、国民の税金を無駄にしていることになるので、許されない。文献調査をし、実験をし、データを分析し、学会発表をし、論文に書き、まとめて出版することは、責務なのである、ただ、やっている本人にとっては、義務ではなく、趣味のようなものなので、楽しんでいるだけである。ここが、一般の退職した人との違いだろうか、研究は、与えられてするものではなく、自分で作るものである、だから、面白い。午前中の論文読みも、どこかで自分の研究とつながっていて、そうか、と気付くこともある。こう考えると、すべての仕事や活動は、どこか自分の探求を支える素材のような気もする。手帳に従って仕事をするのは、その方が効率的だからだが、ふいに飛び込んでくる情報に惹かれることもあって、予定を変えて、そちらに時間を割くこともある。今日のメールがそうだったが、このブログでは、もうスペースがない、明日に気持ちが残っていたら、書くとしよう。手帳にしたがって、しかし、臨機応変に、が、今の自分の仕事の仕方である。
