変化の中で生きる

昨日は、午前中に出版のための原稿書きの時間がようやく取れた、午後はソフトバンクの新しいルータの設置をした。お昼を食べながら、テレビを見たら、政局が大きく動いて、菅総理が総裁選を辞退するニュースで持ち切りだった。昨日のブログで書いたが、常に世の中は動いている、変化している、留まっていることはない。だから、歳をとったからとか、もう気儘に生活したいからとか、理由はいくらでもつけられるが、その変化と共に、生きていくしか術はないようだ。原稿を書いていて、こんなことを書くのは、気恥ずかしいが、自分でも気に入った、庶民的な感覚で言えば、惚れ込んだ、という印象がないと、筆が進まない。昨日は、そんな感じで、文章が自分を惹き込んでくれて、そうだ、その通りだ、と言いながら、原稿の中の自分と対話していた。ビゴツキーの言う通りだ、と思いながら、自分の世界に入っていた。ただ、出版できても、売れるかどうかは別問題で、そこが世の中の厳しさである。午後は、ソフトバンクのBBユニットというルータの設置をしたが、恥ずかしながら、バージョンアップがあって、無料で機材を交換できることを、知らなかった。オンラインが日常化しているので、Wi-Fi が、たまに不調になることがある、なんとかしたいと思っていたら、この機材はレンタルだと知って、早速チャットで連絡して、昨日届いたので、スマホ、パソコン、プリンターなど、すべて設定を変えた。プロバイダーへの連絡は、今は電話ではつながることが稀で、チャットならすぐにつながることを知り、スマホの音声入力で、簡単にできた。確かに、世の中は動いている。原稿も、内容が古ければ、誰でも知っているとか、文字通り陳腐であれば、誰も見向きもしないし、プロバイダーへの連絡も、チャットならスムーズだし、失敗もするだろうが、それは変化に対応することの必需品であり、当たり前のことだ。と思いながら、凡人の自分では、失敗しないように、どこか丸く収めたいなどの気持ちが起きるが、どうもそれだけでは、この世の中は生きていけない。だが、コロナ禍の時代、変化があること自体が、有難いかもしれない。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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