研究と雑用

昨日は午前にオンライン打ち合わせがあり、午後は都内で対面の打ち合わせがあった。両方とも、研究的な内容なので、脳が活性化する部位が、団体のマネージメントとは違うので、楽しい。マネージメントは、大学でも役職につけば、誰でもしなければならない仕事で、研究とは別の脳を働かせるので、これは雑用だと思うのだが、実際にはそれが本職になってしまい、多くの大学教員は、愚痴をこぼす。ただ、研究と講義だけで時間を使っている教員は、ほとんどなく、雑用の中で研究をしている。前にも書いたことがあるが、あえて、研究時間が足らないなど、そんな贅沢なことを、と言う感じで、雑用にまみれて、その中で、少しの時間を見つけて、研究をする、のではなく、させてもらっている、と、自分が懇意にしていた同僚が言ったことがある。大学院生も、1に雑用、2に雑用、3,4が無くて、5に研究などと言っていたが、その通りだ。だから、昨日のように研究の話が6割で、残りが雑用ならば、上等なのである。面白いもので、研究だけで良い成果が出ることは稀で、雑用の中で、よいアイデアが出てくるのは、自分の経験則である。都内に行って帰ってきたら、電車に乗る時間だけ余分な時間がかかるので、損をしたような気分になるが、在宅勤務の時は、その時間を有効に使っているかと言えば、そうではなく、家内が、コーヒーやお茶を飲んだり、つまみを食べたり、しょっちゅう口に何かを入れている、と言われて、なるほど、自分が考えているほど、書斎で仕事に集中しているわけではない、と気が付いた。雑用の中のほうが、気が付くことやアイデアが出ることが多いような気がする。電車に乗る、駅の階段を上る、電車の中で小説を読む、都内で仕事の打ち合わせをする、そんな些細な、研究とは関係ない活動の中に、書斎の机で、うーん、と、呻吟して研究や資料作成などをすることと、同じかそれ以上の実りがある、隠されているような気がする。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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