夏の一時

昨日の午前中は、締め切りで気になっている資料の作成をしていたが、午後は、秩父に行った。正確には、長瀞だが、車で高速で行けば1時間半、途中の昼食時間を入れても、2時間で着く。8月に入ったら、仕事が一段落したら、と思っていたら、埼玉県にも緊急事態宣言が出た、が、それを予感していたかのように、近場の宿を予約していた。長瀞に着いたら、皆同じことを考えるのか、埼玉県ナンバーの車が多く、どこの駐車場も満席だ、自分たちは予約宿に駐車して、何年かぶりで名物のライン下りを楽しんだ。舟から川岸を見ると、家族連れや若者がいて、中には川に飛び込んでいる人、BBQをしている人々、それぞれが、今を楽しんでいるのだ。緊急とはいえ、自粛とはいえ、人は人形ではない、たまには外に出て太陽を浴び自然に触れたいのが、人情である。下船して駅まで歩くと、コロナ禍以前に戻ったかのように、観光みやげ店や食べ物屋などは、いっぱいの人だかりで、有名なかき氷屋では、順番を待っている。暑い日差しを浴びて汗をいっぱいかきながら、山の方角にある神社に向かったら、蝉が声も枯れよ、とばかりに鳴いている、短い夏を精一杯生きれば良い、花の命は短くて、と林芙美子も言ったではないか、鳴きたいだけ鳴いて、夏を楽しめば良い。もう自分たちも、人生の黄昏に近づいている、自分も隣で歩いている家内も、歳をとったのだ。ふと、新聞の句を思い出した。人生の目次は大方めくりきて妻と出会ったページに戻る(潮田清)、この作者は、素晴らしい結婚だったのだろう。自分の目次の1ページは何だろうか、新人で初めて教壇に立った、高校教師の時ではないか、あれから今まで生きてきて、振り出しに戻るとすれば、あの時である。ただただ、楽しい思い出ばかりである。そして、今でも教育関連の仕事をしている、昨日もメールを見ると、都合の良いこと、小さな揉め事が、目に入る。それでいいのだ、この世界で生きて、力尽きて目を閉じれば、本望である。短い人生を、生き抜きたい。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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