復活

昨日は日曜日、連休最後の日だったが、連休とか休日という概念が薄くなったせいか、生活パターンは変わらない。午前に、原稿を書いていて、理由と詳細は省くが、原稿をすべて白紙にして、上書きしてしまった。アッと声を上げたが、もう遅い。デジタルの怖さは、手放せない便利さの反面である。削除した場合は、ハードディスクのどこかにファイル自身は存在しているはずで、コードは何かに変換されていても、復元はできるはずだが、白紙にして上書き保存した場合は、どうだろうか。前のファイルが履歴に残っていなけばならないはずだが、ネットで復元の仕方が書いてあったが、どうもうまくいかない、ディスク容量の制限があるから、しかも、定期的に容量を効率的に使うようにシステムが圧縮しているから、と、つまらぬ理屈を考えながら、ふと思った。もう永い間dropboxの利用者だから、ファイルはクラウドで保存されている、ネットからアクセスしてみたら、1分毎に保存されていて復元のボタンがあった、助かった。昨日までの努力が水の泡になってしまうところが、再び水面に浮かんできた。よく帰ってきた、有難い。1分毎とは、さすが大容量のクラウドだと感心したが、人は技術の力を借りながら、とっさのところで救われる。テレビ番組は、五輪で埋め尽くされている。まさか、という期待の選手が敗退し、さすが、と思う選手が活躍し、悲喜こもごものドラマがある。敗退しても、次の競技で復活すれば良いのだ、とテレビ解説者が言っている。夜は、女子バレーを観た、ケニア相手では楽勝と思ったが、怪我で途中退場した選手が出てから、流れが変わり接戦になったところで、監督がタイムを入れて、気持ちを持ち直して、ストレートで勝った。復元、復活、持ち直す、引き締める、レジリエンスなどを思えば、競技は、どこか人生に似ている。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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