長い会議

昨日は火曜日、久し振りに対面の会議があった。対面の会議は、教育関係の会議が多い。何故か分からないが、教育は、元々対面で、子供の顔を見て、という原則が生きているからかもしれない。教育委員会宛ての連絡では、メールは難しく、電話かFAXである。教育委員会では、アンケートやチラシなど情報が過多で、とても対処しきれない、ことが本音だろう。それと、文科省を始め、役所の中にあるので、官の世界である、つまり、何かの意思決定では、責任上、上司の許可が必要で、勝手に決められない。もしメールの返信で、自分の意見を書いたら、文字なので証拠が残る。役所という所は、江戸の昔から、武士の世界がまだ生きているようで、自分のような人間には、肩が凝る。昨日の会議の内容は、ブログでは書けないが、会議の時間が、3時間半という、超時間である。長時間を超えているで、途中で、もう少し時間を考えたらどうか、と発言しそうになった。会議の雰囲気では、言えそうもなく、言葉を飲み込んだ。自分の世界、特に研究の会議では、上下は関係なく、いつも、自分の意見を言う、それもなるべく新規性のある意見、つまり他とは違う意見のほうが価値が高いので、教育委員会の会議とは、文化がまったく異なる。この会議は、我慢大会か、と苦々しく思っていたが、ふと待てよ、と考えた。武士とは我慢の代名詞のような印象があるが、武士の優れている点は、潔さであろう。それならば、よし、じっと聞いてみよう、それも内容が複雑だから、書類に関係図を書いて可視化して、背景となる枠組みを考えていたら、かなり深く理解できた。終わってから、不満が残らないで、今日は良い勉強をした、と思った。決意すること、それは、事を逆転することなのだ。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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