毎日の生活

昨日はオンライン会議が1つ、ジョギングをして、夕方に整体院に行って、という生活だった。すべて手帳に書いている予定通りで、生活が時間ときちんと連携しながら進んでいるので、快適である。その間は、原稿を書いたり、今は論文の修正をしたり、書類の作成などをしているが、自分は今の生活スタイルが気に入っている。自分のやりたい仕事、講演資料の作成とか、気になる文献の調査とか、データの分析などは、すぐに時間が経って、ずっとやっていたいのは人情だが、そこが重要で、手帳の予定表が、それを許さない。今日は、走るのを止めておこうか、などと思うことは多いが、長年の経験では、予定に従って行動する方が、結果的に良い。突発的な出来事には、予定を変えて対応しなければならないが、それ以外では、なるべく予定通りに行動している。手帳は、自分の授業時間割だと、思っているからである。そして、小さな変化も起きる。昨日は、透明のビニール傘が壊れたので、ゴミ箱に捨てて、近所のスーパーに買いに行った。透明ではなく青色のビニール傘にしたが、何故か嬉しい。整体院に行く時、傘を持って行ったら、途中で雨が降ってきて、ワクワクした。着いて、傘を振ったら、青色のビニールが、雨粒をはじいて飛ばし、青春真っただ中の若者のように思えた。子供から、父の日には遅いが、黒牛のステーキの贈り物が届いて、夕食で食べたら、柔らかく、舌触りが良く、極上だった。何気ないことだが、歳をとっていくと、子供の気持ちに戻るのだろうか。気に入った傘をニコニコしながらさしている、美味しいステーキに幸せを感じる、時間割に従って規則正しく生活をし、その間に、小さな喜びが舞い込み、時には、苦しい思いもしながら、毎日を過ごしているのは、幼稚園か小学校に通う子供のような生活かもしれない。自分には、上等の生活である。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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