役に立つこと

昨日は、午後にオンライン会議と学校訪問があった。何というか、両方とも満足できる内容だった。満足できるとは、自分が少しお役に立った、という意味である。仕事上のことで、詳細は書けないが、オンライン会議は、コンサルテーションのような内容で、これまでの研究知見や経験値を元に、自分の意見を述べて、参考にしてもらう、という趣旨だが、相手が、手を叩く、膝を打つ、ような納得の仕方だったので、ああ、自分も少しはお役に立ったのだ、これまでの経験も無駄ではなかったのだ、と思えたことで、満足できたのである。他の役に立つこと、それが仕事の生きがいと言っても良いだろう。学校訪問は、今年の市内の研究指定校になった学校で、その研究の進め方、次回の研修会での講演などの打ち合わせだが、このブログでも書いてきたが、小学校の実践に役立つのは、並大抵ではない。実践していないことは、理屈をいくら言っても、相手に響かない、だから、最大限の努力をして、答えなければならない。そのことを正直に言って、実は、自分は実践のことは素人なので、と言うと、謙遜でしょう、という表情をするが、真実ですから、自分のほうが、授業を見て勉強させてもらいたいが、こんな内容でいいか、という打ち合わせをした。すると、先生方も、自分も、それぞれの持ち場が明確になって、舞台の上で演ずる役者のように、どちらかが欠けると、全体が演劇にならない、という感じが掴めた。自分の役どころは、ここかと思って、少しお役に立てそうだ、と思ったのである。コロナ禍で在宅勤務になって有難いのは、移動時間がないだけ、原稿とか講演とかコンサルテーションなどに、時間をかけることができることだ。それは、それだけ愛着を持って関わることができるので、我が子のように、担任する生徒のように、ゼミの学生のように、どこか大切にする気持ちが出てきて、もっと役に立とうと思うので、満足したのである。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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