昨日は土曜日だが、午前はオンライン会議、午後は買い物、外食、草取り、スポーツジムと、土日は何かと活動がある。コロナ禍になって、どうしてこんなに郵送物が多いのだろう、と思うくらい、毎日のように書類が来る。その書類の処理などもするが、手を動かしていると、何か仕事をした気分になるが、草取りをした後、少しうたた寝をしたようで、15分位夢見心地だった。すると、人間の意志は弱くできているのか、スポーツジムに行くのも面倒だ、などと思ったが、なまった体を直す、という気持ちになって、出かけた。何でもそうだが、行くと良かった、と思う。行動に勝るものはない、ランニングマシーンで走りながら、何もすることがないと、自分は研究か仕事のことを考える。すると、ふと思い付いたことがあった。このブログでも、何度もつぶやいているが、学習を科学として追求し、それは自然科学と同じような方法だが、かつ実践とどのように結び付けるか、その方法である。当たり前のようで、何か見つからない、と思いながら、これでやってみよう、と気付いたことがある。考えながら運動すると、足の振動が脳を刺激するから、アイデアが湧きやすい、という俗説があるが、正しいかもしれない。プールでこの考え事をするのは、ターンの回数を忘れるので、自分の経験では、あまりよろしくない。ともかく、この気付きが気になって、帰宅して、早速2階の書斎に上がって、文献をチェックしたら、どうもうまく進みそうな気がした。こんな漠然とした話を書いても、誰も興味を持たないだろうが、ふと新聞の連載記事で、著名な物理学者の研究方法を思い出した。雲泥の差であるが、何か思考方法に共通する部分があるような気がして、研究するのは、ずっと追い求めることではないか、それが、何かのきっかけで、結び付くような印象である。自然は、追い求める恋人だけに、心を開く、と寺田寅彦は言ったというが、それは、自然だけでなく、人文系も社会科学系も、すべてに通じるのかもしれない。スポーツジムに行って良かった。
