昨日は月曜日、諸々の仕事や人に会う用事があって、都内に出かけた。定例のオンライン会議に、溜池山王の事務所で参加した。事務職員は事務所に来ているので、書類の手渡しなど、何かと都合は良い。他にも用事があって、帰宅した時に、平日にやっているジョギングをしようと思ったが、できなかった。書斎でメールのチェックや返信などをして、夕食に後に録画番組を見た。西部劇だったが、つい最後まで視聴したので、普段よりかなり遅く床に着いた。珍しく、寝つきが悪く、夜中に目が覚め、早朝にも目が覚めて、そのまま床の中にいたが、そんな時は、いろいろ考える。どうしてだろう、と思ったら、ジョギングをしなかった、録画番組を長時間見た、という原因で、寝つきが悪かったのだろう、という結論だが、ただ今日はオンラインの講演があるので、これはまずいと反省した。ジョギングをすればできたが、心のどこかに止めたい、という思いがあったからで、録画番組も途中で止めて早く寝なければ、と思いつつ、そのまま引きずられて、という結果だった。昨日のブログで書いたように、今を楽したい、気ままにしたい、と誰でも思うだろうが、自分も同じで、朝起きると、どこか少し昨夜の気まずさが残っていて、脳が鈍感になっているような気がする。西部劇は面白い、が、それはエンターテインメントであって、娯楽でしか過ぎない、しかもプロが作る映像は、頭に強く印象付けられるので、寝ていてもシーンが浮かんでくる。メディア論に弾丸理論があって、弾丸のように強烈に印象付ける、つまり洗脳のような機能を持つという説だが、確かにそうだが、寝ながら考えたのは、しかし浅いのではないか、と思う。表面だけ面白いのであって、脳の深い部位に届かない、くすぐられて笑う漫才や落語のようなもので、やはり名人芸だ、と感じるような深みがない。自分は、浅いメディアと深いメディアがあるように思う。そんなことを考えていたので、さらに寝不足になったのだろう。小市民のすることは、分かっていながら止められない、という意志の弱さと言うことか。今朝、講演の予習をしなければ、と思う。
