日米首脳会談

昨日は日曜日、朝刊に日米首脳会談の記事が1面に掲載されていて、テレビニュースでもトップである。政治のことは触れないが、世の中は動いている。月々800円という安さで光回線でBSを視聴できるようにしたら、面白い番組などを録画することができる。録画の中で、アメリカの小鹿物語が素晴らしかった。原作の小説は読んだことはないが、古い時代のアメリカの森の中に暮らす農家で一人っ子の少年の物語で、小鹿をペットとして、というか、ベットに一緒に寝るほどの兄弟のような間柄で、少年にとって無くてなならぬ宝のような存在だったが、小鹿が大きくなるにつれて野生化していき、丹精込めて作った野菜などを全部食べてしまう、このような事件が数回起きた時、母親が小鹿を銃殺してしまう、少年は悲観に暮れて森の中に入っていき、筏に身を任せて川に流されていく、3日後に大きな船に助けられ、自宅に帰ることができた、そこで見たものは、暖かい暖炉のある部屋、美味しそうな食べ物などで、それは、野菜を作り、暴風雨を防ぎ、獣と戦って、得た宝であった。少年は自分だけの世界から、生活、家庭、広くは社会の世界に目が開かれた。そのために、大人は戦っているのだ、という少年から大人になっていく心の変遷を描いた作品で、映画としても高い評価を得た。ニュースを読んで、ふと小鹿物語を思い出した。バイデン大統領は、コロナと戦い、民主主義を守り、アジアの平和を維持し、という政策は、アメリカンスピリッツではないか。グレゴリーペックの扮した父親役を、世界を相手に演じようとするのか。アメリカでは今でも市民が銃を所持しているのは、戦うという精神構造があるからではないか、バイデン氏も高齢者であるが、その精神は壮年期と変わらないように見える。このブログで書いたように、自分も含めてほとんどの高齢者は、戦うことを止めて、流れに添って生きていく、言わば自然に戻る、輪廻の精神構造のような気がする。秀吉の辞世の句のように、浪花のことは壮年期の頃の話で、露に消えるという自然に帰る思想は、日本人のメンタリティである。日米首脳会談で、ふと感じた文化の違いである。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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