昨日は水曜日で、原稿を書いた。この歳で原稿依頼があると、本当に有難いと、いつも思う。そして、テーマは同じでも、なるべく新しい内容で、と思うのは、研究者ならば誰でも同意するだろう。ふとガーゲンの社会構成主義をチェックしたいと思って、本棚を探したが見当たらない、1つの段に前後の2層か3層に入れるので、後ろや中の層だと探すのに時間がかかるので、諦めた。自分の友人で亡くなった阪大の菅井勝男先生を思い出した。我コミュニケーションする、故に我在り、というガーゲンの言葉を引き出して、社会や対話や人と人のつながりの中で人は認知する、と話したことである。昔、ガーゲンが来日したことがあったが、自分は行けなかったが、菅井先生は、その時の感動を話してくれた。そういえば、京都の西之園晴夫先生はご健在だと聞いているが、昔、よく間主観の話をされていた。主観とは個人の頭での認知で、間主観だから人と人の間で交わされる認知、つまりガーゲンと同じ考えであるが、彼は、授業実践をどう理論化するかという難しい研究をされていた。当時、自分は日本教育工学会論文誌の編集担当をしていて、授業実践の論文査読をどうするかで、先生とよく議論させてもらったからである。当時は、まだ認知や構成主義が主流で、東大の佐伯胖先生が一世を風靡されていて、算数の時間でね、子供が、分かったけれども分からない、と言うんだよ、と語って、聴衆を魅了した。やり方は分かったが、納得していない、という個の頭で生じる認知の話でガーゲンとは違うが、認知科学や認知心理学のレジェンドで、彼の講演会は多くの研究者を集めたが、現在でもご健在であろう。探し物をしながら、昔のことを思い出した。自分も、もうそんな歳になったのか、昭和や平成は遠くなりにけり、だが、多くの優れた大先達のお陰で、まだ原稿を書かせてもらっている。
