3月最後の役員会

昨日は、ある団体のオンライン理事会があった。さすがに、3月30日ともなると理事会や評議員会は終わりになる、文字通り今期最後の理事会だった。先般見た俳句のテレビ番組で、夏井先生が添削した句を思い出した、確か、志村けん 最初の最初の「最初はグー」、だった。志村けんは、このフレーズを作って全国に流行らせた人であり、その1周忌がやってくる。この句をもじって、3月期 最後の最後の 役員会、とでも言いたい会議だった。駄作で意味がない句だが、30日の役員会は珍しい。そして、珍しく意見が割れて、時間が超えた。理事会だから、シャンシャンで終わりでもよいが、もちろん意見を出し合うこともよくある。自分は、委員であるが、それほど熱心に関わっていないので傍観者的だが、強く関わっている人は思い入れがあるようで、口角泡を飛ばす、の言葉通りの論調であった。このような役員会での発言は難しい。自分は、だいたい発言することが多いが、予定時間をはるかに超えていたので、遠慮した。アメリカの大学では黙っていることは無能とみなされるので、発言する学生も多いが、それは内容の質とは関係ない。意味のない内容を長く話す人は、アメリカでも日本でも敬遠される。日本でも大学のゼミなどは、欧米の影響を受けた教授が多いせいか、学生も遠慮せずに、すぐに質問し意見を言い、きわめて活発である。昨日の理事会は、賛否の意見が飛び交う会だったので、それでいいのだが、どこか違和感がある。それは、研究や授業における意見交換ではなく、何かを決めるとか実施するという、事務処理的な内容だからかもしれない。そこでは、忖度のような気持が働いて、お互いが認め合う阿吽の呼吸で、収まることが多い。長い間、この日本流の会議の持ち方に疑問をもっていたが、歳をとってから、特に最近では、そのような在り方も必要かもしれない、大人の知恵かもしれないと、思うようになった。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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