過去に戻る

昨日は土曜日だが、仕事で忙しかった。2002年というから20年近く前に出版した、教育工学への招待、の本を少し改訂したいから、という出版社の依頼で、その校正をしていたからだが、2013年に改訂しているので、改改訂になる。自分の出版本を読むことは、ほとんどない、それは興味や関心がないからで、脳は別のことに向かっているので、無意味なのだ。あまり時間をかけないつもりだったが、読むと当時の自分の姿が浮かんでくる。およそ過去の自分を振り返りたくない、あれほど真剣に考え徹夜して書いた博士論文でさえ、見たくも読みたくもないし、まったく興味がなく、このレベルなのかと思うと、恥ずかしいからでもある。しかし、本の改訂では、そうもいかない、読んでいる内に、そうか、自分はこの時こう考えていたのか、まだ色あせてない、とか、研究室の風景が脳に浮かんできて、昔の自分に戻ったようだ。この記述は、学生と一緒に研究した内容とか、海外で発表したとか、文章がその当時の出来事につながっている。一昨日に聞いた歌謡曲がまだ頭に残っている、あの当時、自分は何を考え、何に悩み、何に夢中になっていたのか、などが走馬灯のように浮かんできて、曲と当時の生き方とが結ばれて、心が過去に戻っていた。あの時こうしておけば良かった、などは、人間だから誰でもある、人は多くの人との関わりで生きてきたから、肯定したいこと否定したいことが入り混じって、苦い思い出もあれば、楽しい出来事もある。しかし、悔いはしない、悔いても意味がないし、過去は戻らないのだ、今が一番良いのだ、と思うのが、人生の黄昏を迎える年齢になった自分の処世訓である。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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