昨日は土曜日だが、午前に熱い議論があったオンラインを参観した。正確には、横目で見ながら、別の仕事と併用していた。官僚と教育学者のディベートと言ってもよいが、極めて知的で本質を突いた議論が続いていた、が、どうしても気になる仕事があって、隣のパソコンで操作をしていた。気になる発言が聞こえると、目と頭を、隣のパソコンに向けるのだが、これでは、集中しないことは確かである。すぐ横に、オーディオがあって、BGMが流れているのだから、3つのチャンネルで処理していると、たぶん、どれも中途半端になっているだろう。これは、凄いことを言っている、と脳が感じたら、他を止めて、そのパソコンだけに注目するが、そうでない時は、並列処理である。昨日のディベートは、どうも官僚に軍配が上がる、と思うのは、自分もその省に関わっているという身内びいきもあるが、なにしろプレゼンがうまい、人を引き付ける、説得力がある、からである。面白い話とは、たぶん、テレビタレントのようなプロだと思うが、それは伝え方のプロである。落語などは、同じ話を何回聞いても、面白い。普通の人は、伝え方のプロではなくて、中身のプロだろう。だから、つい中身が良ければ、すべて良し、という暗黙的な仮説を持っているが、実際は、その両方があって、始めて人に伝わるようだ。昨日の官僚は、エビデンスもあり、個人的な経験もあり、エピソードもあり、物事の本質を語り、そして人に伝える技も持っていたので、自分は、官僚に軍配を上げたのである。自分は、並列処理をしているせいか、どれも中途半端でいけない。話したり書いたりした内容を、後で思いださないことが多いのは、それは歳のせいだと言われそうだが、頭に浅い痕跡しか残っていないからだろう。ということに気付いて、このブログも、後で思いだしやすいように、タグを付けるようにした。たぶん、検索の仕方も知らないので、役立たないだろう。どうも、これも中途半端のようだ。
