昨日は、オンラインでマイクラカップ2020の審査があった。公表前なので、詳細は書かないが、子供の作品は、どこか魅了される。正直に言うと、ゲームアプリのことは素人で、プログラミングならなんとか、と思うが、自分の世代のプログラム感覚とは、この世界は違う。世界という用語を用いたが、昨日の審査会でも、頻繁に出てくる。その通りかもしれない、自分の世界を作るのだ、クラフトだからモノづくりだろう、画面の中での創作だが、子供たちの描く夢や願いや、文字通り新しい世界が広がっている。自分も、運営組織に名前を連ねているので、勉強のつもりだが、審査に参加しているだけで、少しずつ見えてくる。刀鍛冶や刀匠は、新入りはたぶん見るだけ、周りで手伝うだけ、工芸も同じで弟子は雑用をしながら盗み見をし、落語家も同じで師匠の噺を寄席で手伝いをしながら聞くのは、新人が学ぶ方法である。自分も同じで、多くの優れた作品を見ている内に、専門家のコメントを聞く内に、子供が表現したかった世界やコンセプトが、自分の脳に入ってくるような気がした。そうか、この子は、こんな世界が欲しかったのか、こんな国に行ってみたかったのか、こんな場所で遊びたかったのか、すべてが、子供の夢であり冒険である。子供の頃、木を削って刀を作り仲間と戦い、探し物を秘密の場所に置いたり、瀬戸内海だが海に上から飛び込んだり、どこか冒険のような遊びをした覚えがあるが、あれは、子供の本性なのかもしれない。今のような年になっても、車で日本一周をしたい、宿はその場で決めて、気の向くままに旅をする、宿が無ければ車で宿泊、それも面白そうだ、夏なら海で泳ぎたいなど、そう家内に言ったことがあるが、一蹴されてしまった。子供の夢や冒険を画面で実現できる喜びは、大人でもある、審査員には、この分野の専門家がいるので、彼らは夢を追い続けているのだろう。コロナ禍の中で、時々テレビで、大変な時代だがなんとか励ましあって乗り切りましょう、という少し暗い表情でメッセージを送ってくるが、どうだろうか、ステイホームとか我慢とかという言葉を聞くと、やるせない思いをする。しかし、子供たちは未来を見ている、夢を描いている、冒険をしたがっている、今の時代は、子供から元気をもらったらどうだろうか。
