時間の使い方

昨日は土曜日でオンラインの会議は無かった、つまり自分の時間が持てた。学生の頃は、持ちきれないほど多くの時間を自由に使っていたようで、夜中まで友人と話し込んだり、本も読んだり、という思い出がある。その名残か、たまに深夜に目が覚めて寝付かれない時は、仕方なく居間でウイスキーなどを飲む時があるが、その時は学生に戻ったような気がする。昔、研究室で、大学院生が赤堀研ラーメンクラブなどと称して、深夜、車で都内の評判の高いラーメン店に行くことが、流行っていた。院生の中に、起業していた学生がいて、自分の車を持っていたからだが、学生はどこか深夜でも活動する光景が、似合っている。早寝早起き朝ごはんは、健康には良いが、どこか小学生向けの標語であって、若者には馴染まない。研究室と言えば、理系では、ほとんど夜中でも電気が灯っていて、よく3交代制などと称して、一日中学生が研究室にいて、朝、自分が研究室に行くと、何人かが泊まり込んでいたが、その姿も、簡易ベット、寝袋、椅子など様々であったが、中には床に直接という学生もいた。自分は、素知らぬ顔をしていたが、博士、修士、学部によって、待遇が異なるようだったが、これも研究室の運営は学生に任せる、という、自分の方針だった。時々、ドクターミーティングと称して、自分と博士課程の学生と秘書とで、研究室の運営の会議をした。自主ゼミ、研究発表会、研究室のネットワーク、科研費、国際会議、予算と決算、留学生への対応、などいろいろあって、企業の経営会議と同じである。自分は、ともかく忙しかったので、学生がいなければ、対外的に動けなかった。科研費による研究だけでなく、委任経理金による研究、省庁からの依頼、大学内の会議、学会での活動、国際会議など考えると、確かに時間が足りず、日曜日は自宅にいたが、正月休みは12月31日と元旦だけ、1月2日は、4日か5日くらいに行われる修士の学生の発表練習日だった。何か、体育系のようであるが、知的な仕事であり、毎日が合宿のような生活だった。東工大の時代のことである。今日のブログでこんなことを書くつもりはなかったが、筆が滑ったようだ。土日は気持ちの余裕があるせいか、脇道にそれる。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

コメントを残す