昨日は、来週に予定されている、ビデオオンデマンドの75分の収録の準備をした。というのは、一昨日の収録の残像が頭の中に残って、気になったからである。昨日のブログで書いたように、制作者とは、考え方が違うので、どこか違和感があったが、次第に共鳴して、もっと良い作品に仕上げたいと思うようになった。それまでの自分は、中身が良ければ、それで良い、それがすべてだ、という意識が強かったが、制作者は、いかに伝えるか、いかに仕上げるか、という着飾る役目である。それは、オーバに言えば、異文化の出会いと言っても良い。問題は、その異文化を、どう受け止めるか、である。自分の場合は、ありがたいことに、そのとおりだと、納得した。その共鳴がまだ自分に余韻を残し、すぐに来週の収録のことが、気になった。資料を見ると、穴だらけで、弱いところだらけで、どうして、これで満足していたのだろうか、と不思議な気がした。そのような視点は、何故生まれたのだろうか、言うまでもなく、自分と違う制作者の見方に触れたからである。違うもの、異なるもの、それを取り入れることができれば、世界の見え方が違ってきて、新しい自分になれる。最近終了した朝ドラで、古関裕而が、長崎に行って原爆の実態に触れて、インスピレーションが湧き、長崎の鐘の名曲を作り、甲子園球場の土に触れて、栄冠は君に輝くの名曲を作ったのも、天と地ほどの差はあるが、異文化に触れた体験が、対象の見え、を、これまでと違う角度に変えたから、と考えれば、納得がいく。自分も、内容のレベルはともかく、夢中になった。
