昨日は日曜日だが、オンライン実験があった、と言っても、自分は手伝いをしただけだが、無事に終了した。研究途上のことは知的財産なので公開できないが、自分もアシスタントとして役目を果たせたので、ホッとした。ずっとパソコンの前に座っていると疲れるので、公園にジョギングに行った。最近は、固有名詞も許されるだろうと思うので、航空公園と書く。文字通り、飛行機の発祥の地を記念した公園で、きれいな青空の元、密の人だかりで、広い公園に、幸せとしか表現のしようがないような、笑顔で飾った人々の花が咲き乱れている。サッカー、キャッチボール、バレーボール、ランニング、吹奏楽、ゴム飛行機から紙飛行機、中には、ごろり横になって昼寝をしている男がいるテントや、あちこちに、自由に秋の日差しを浴びて、人々は連休を楽しんでいる。秋の日差しは短く、太陽が西に傾くころ、人々には長い影が寄り添って、夕方になるのを惜しむかのように、時を過ごしている。その光景を見ながら、公園から自宅に向かっていると、ふと思う。学生の頃の友達は今頃どうしているのか、同僚はまだ仕事をしているのか、病気になった男や、羽振りの良かった男、などが思い出される。西日が作る長い人影は、秋や冬の季節に相応しいようで、人を過去の思いに導いていく。そうか、誰もそれなりに、幸せを求めて生きているのか、自分も同じだ。夕飯時に、録画していた、NHKドキュメンタリー三島由紀夫の番組を見たが、天才の生き方は、自分には分からない。人生は、平凡でいいから、小さな幸せで十分ではないか、オンラインで仕事をし、公園でジョギングをし、平和な光景を見て、美味しい食事をする、それ以上は望まない、それ以上は、天才か狂気か、平凡ではないのだ。
