小説を読む

お風呂に入って夕食までの間に、1時間くらいの余裕があって、30分くらい読書するのが楽しみになっている。夕食は1階の居間だが、そこにもPCやお菓子の類を置く小さなテーブルがあるが、読みたい本なども置いている。前にも書いたが、PCで落語を聞いたり、調べ物をしたりするが、このPCではなるべく仕事はしないようにしているが、気になることだけチェックする程度だが、便利ではある。しかし、読書、特に肩の凝らない小説などは、楽しい。昨日も読み続きの小説を読んでいたが、そこにごく平凡な人物が登場する。その老人は、妻と2人暮らしなので、自分と境遇が似ているので、親近感が湧くのかもしれないが、校長を最後に教員生活を終えて、今は悠々自適の生活で、その日もワカサギ釣りに出かけた、という、どこにでもある平凡な日々を描いているが、これからドラマが展開する、というのも、推理小説だからである。そのドラマ、事件についてではなく、その老人が、振り返ってみて、自分には子供はできなかったが、妻と2人の静かな生活で、悪くない人生ではないか、と述懐する場面に惹かれた。なんだ、こんな平凡なことをと思うが、自分を振り返って、無駄ではなかった、今の生活で良かった、と思えることは、最高の喜びかもしれない、と思ったからである。なんとなく、自分も同感する。本当に、これでいいのだ、悪くはない人生だと思えば、それは、幸せの代名詞であろう。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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