優秀さとは何か

昨日は、SSHの長い会議があった。いつも思うのは、文科省の担当者の優秀さである。この優秀さという意味は、どこか学力とは別である。学力は、教科という枠があって、そこには決められた目標があって、すべて行くべき道が見えている。道がないので、どうしたらいいか、少しオーバに言えば、国民のためになるには、どのような制度設計をしたらいいのか、という視点である。教科ではなく、研究でもなく、行政なのであろう。行政とは何か、全体を見渡し、目標を達成するための道筋を作る、規則を作る、などであろうが、仕事の段取りや進め方も早い。委員会の委員は、一応その分野の専門家なのだが、先に述べた教科や研究などの専門家なので、見方や考え方が微妙に違う。研究という観点では、あまり結果の責任を感じていない、というと誤解されるが、独創性とか、面白さなどで評価するので、国民全体とか結果の責任などは、あまり意識していない。だからこの会議は、面白いのかもしれない。研究者と称される人は、相手が誰であっても、主張すべきことは遠慮はしない、子供のような姿に似ているが、官僚は、優秀であって、しかも先を見て、かつ結果責任を負う、ことを意識しているので、発言も慎重なのかもしれない。昨日のブログでも、政治家、官僚、企業の人たちの特性に触れたが、学校教育で目指すべき優秀さとは、何であろうか。教科だけではなく、研究だけでもなく、全体を見渡せる官庁の事務官のタイプなのか、企業のような競争に打ち勝つタイプなのか、まだわからない。優秀さとは何だろうか。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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