昨日も、いつもと変わらない生活で、午前は仕事をして、午後はいろいろな用事があって、久しぶりに小さな庭の雑草を取って、少しジョギングをして、夕食になるという平凡な一日である。前にも書いたが、平凡な生活も慣れると、それも楽しい。テレビは、お昼の昼食時と夕食時である。昼食時は、ニュースと朝ドラだけ見て、途中の食べ物系の番組は消している。夕方は、番組によるが木曜は、家内も好きだが、俳句の番組が面白く楽しみにしている。昨日は、作った人の名前を忘れたが、ひぐらしのイヤフォンはずして立ち尽くす、が気に入った。若い人はイヤフォンを良くしているが、はずすと外の世界が良く聞こえるが、ヒグラシが鳴いている、ことに気付き、イヤフォンという音の世界から、現実の世界に戻り、立ち尽くす、という句のようで、誰でも経験があるので、情景が目に浮かび、共感する。午前の仕事は、ある学校での小さな講演の資料を作っていたが、いつも、自分と参加者をどうつなげばいいのか、に頭を悩ましているが、その解の一つが、この共感ではないか、と思った。自分が知っている世界の知識だけを話しても、相手に伝わらないし、面白くない。相手の知っている知識だけを伝えても、新しい世界が見えないので、分かるけれども面白くない。新しくて、お互いが理解できる、それが共感かと思ったのであるが、その意味では、講演も俳句も似ているようだ。その講演資料の中に、これから、授業デザインやカリキュラムデザインも、論理的な思考に基づくシステム思考から、直感や共感やイメージに基づくデザイン思考になる、というような内容を書いたので、先の俳句に共感したのかもしれない。
