今日は8月25日である。8月も残り少なくなってきて、平凡ながら月日の経つのは、矢のごとしである。朝食後に5分程度の小さな散歩をするのが、日課になっている。正しくは、自宅すぐ近くの小川の傍にある、弘法大師を祭っているお社に参拝して帰ってくるのだが、ついでに橋から小川の魚なども眺める。魚のことはよく知らないので、家内に聞くと、ハヤだという。背びれや腹部が赤色になっていて、素早く動く。その周りを、たぶん夏のトンボだと思うが、よく飛んでいる。空は、まだまだ入道雲かワタ雲のようなもくもくとした夏の雲が、居座っている。ミンミンゼミが鳴いているから、まだまだ夏の盛りなのである。今年も異常な気温が続いているが、自然も昔を忘れてしまったようで、コロナ禍と夏の暑さで、人に挑戦しているようで、どうも勝ち目はなさそうである。日本人は、いかに自然に調和するか、という思想や文化を持っているが、このような異常な場合には、どう調和すればいいのだろうか、あるいは、調和ではなく、どう挑戦するのだろうか、中間をとって、どう対応すればいいのだろうか。高齢者が熱中症で死亡している、それも室内がほとんどだと報道していることを考えると、どうもその対応ができていないようだ。屋外ならば、高温にさらされて熱中症で死に至った、と納得できるが、室内だと、エアコンを作動しなかったか、皮膚感覚が鈍っていたか、分からない。季節は夏の終わりだが、自然はまだ人を許していないようだ。調和という馴染んだ処方を超えて、対応する心構えと行動が求められている。
