応援歌

昨日19日は予定通り、電車の中で文庫本が読めた。と言っても電車の中だけだから、往復でも時間は知れている。が、それでも面白い。古関裕而自叙伝だが、彼の最初のヒットは、早稲田大学の応援歌だが、作曲の大家がすでに作った作品もあったが、応援部は無名の古関に強いてお願いして作ってもらった。それが、今でも歌われる名曲だった。ネットで聞いてみると、さすがに素晴らしい曲で、皆が肩を組んで歌いたくなるような、誘い込むような曲である。早慶戦などで歌われて、世に広まった。先のブログでも書いたが、研究でも面白い研究とそうでない研究に分かれる。面白い研究は、いつまでも読んだ人の心に宿る。応援歌でも流行歌でも同じだろう。聞いた人や歌った人の心に、旋律が生きている。それが何かの時に、気分が良いとき、嬉しいとき、逆に落ち込んだとき、悲しいときにも、口から飛びだしてくる。研究でも歌でも、人に思い出してもらえるような作品になれば、作者とすれば本望だろう。ところで、応援歌とは、さすが早稲田大学であるが、高校の関東地区の同窓会の通知が来たが、今年はオンラインで総会だけという。同窓会などは、イベントがあるから参加する気持ちになるが、形式だけの総会ならば、無味乾燥で参加する気も出ない。イベントで必ず出るのが、応援歌であり、応援部員だった誰かが、昔ながらの形で場を仕切る。そのフォームは、高校時代を彷彿とさせ、口から歌が出てきて、蛮声を張り上げる。高齢者になって、若い頃の自分に戻りたいのかもしれないし、今と過去を比べて、感慨にふける時間なのかもしれない。考えてみると、応援歌は、流行歌とも違うし、研究とも違うし、何か独特の雰囲気を持っている。それは、心に刻まれた、高校時代の、楽しかったこと、夢中になったこと、もがいたこと、悩んだこと、を振り返り、若かった自分に、愛おしさを感じるからからもしれない。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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