研究の面白さ

昨日8月18日も忙しかった。自宅勤務であっても、お盆を過ぎると日常にもどるせいか、忙しくなる。理由はある。SSHの発表会に関する仕事と論文審査のためだった。論文と言っても、海外の論文誌なので30ページを超える英語論文で、読むのに時間がかかり、締め切りが近いので、どうしても昨日しか時間がとれない。しかし、どこかおかしい、と思ったのは、それほど時間をかけて読んだ割には、心に響かないのだ。平凡に言えば、面白くない論文だった。自分の英語力や知識量の差もあるが、なにしろ海外の研究者の論文は、参考文献の量は凄いので、相当に勉強して先行研究に目を通していることは確かなのだが、それでも面白くないものは面白くない。どうコメントを書くか、時間をかけたので、明日に伸ばすのは効率が悪く、もっとわかりやすく明確に記述してほしい、という査読コメントを、いくつか書いてWeb投稿した。しかし、SSHの高校生の研究は、素晴らしかった、と同時に、面白かった。同じ査読であり、同じ審査であっても、他人に伝える力は、天と地ほどの差がある。SSHの研究で優れたものは、いつまでも脳に残っていて、子供が秘密の宝物を持っていて、他人に嬉しそうにそっと言う、心境に似ている。だから、研究は面白さが最も重要で、引用文献の数や研究者の所属や地位など、まったく関係ないのだ。研究の素晴らしさは、すべての面で平等だということにある。昨日は、その違いをはっきりと勉強させてもらった。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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