昨日8月17日は、SSH(スーパーサイエンスハイスクール)の審査で一日中忙しかった。忙しいことは、脳を活性化すると同時に、体全体を前に進める体制にするようだ。高校生は若く青春の中にいるから、野球の甲子園と同じように、そこにすべてをかける。その波動が、私たちに伝わってくる。野球にかけるのもよし、SSHのように研究にかけるもよし、そのエネルギーは、池に投げた石の波紋が周りに伝わると同じように、私たちの脳に入ってきて、ある場合は共鳴し、ある場合は不協和音を出して、そこに議論が生まれる。時に不協和音が、飛躍する引き金になることもある。音楽でも、常に同じ調子ではなく、どこかで違和感のある音色によって、別の展開になることがあるだろう。研究でも、同じような気がする。そんな一日を過ごし、他の仕事は脇においてきた。昨日のブログでも書いたように、読みたい本を読む時間もなかったが、どうも今日も無理のようだ。時間は不思議で、手帳を見ている時は、十分できると思っても、実際にはできなくなることが多い。たぶん、先のことは自分の都合の良いように想定するからだろうが、実際にはいろいろな仕事が入ってきたり、手間取どったり、別のことを思いついたり、つまり不協和音のような、雑音のような音が飛び込んでくるのである。雑音という言葉は適切ではなく、その音は、先に書いたように飛躍の展開になることもあるので、どうなるのかわからないのである。それで、いいのだ。常に、いろいろな音が飛び込んできて、それに懸命に対応している内に、なんとか作曲できているような気がする。たぶん、明日19日は久しぶりに都心に電車で行く用事があるので、電車の中で読書するだろう、と、予定はしてみる。
