専門家

昨日は、午後1時から5時まで、zoomを使ったオンライン会議や打ち合わせだった。お盆の週だが、13日まではなにかとオンラインで仕事が入る。zoomと書いたが、webex、meet、teamsなど、相手によってアプリが違うので、ややこしい。ユーザとすれば、安全性とかあまり気にしないので、便利なほうが良い。どれも似たようなアプリなので、専門家は細かい違いを気にするだろうが、ユーザはそのようなことには興味がない。しかし、専門になればなるほど、ユーザの視点とかけ離れていく。ここまで書いて、ふと昨日のお昼に見た朝ドラを思い出した。作曲家の古関裕而は、西洋音楽の良さを曲に入れようとして、頭を掻きむしるほど苦闘するが、レコード会社の担当者や大先輩の作曲家は、見向きもしない、というか、どこか鼻について小賢しい、と軽蔑するというシーンだった。音楽のことは分からないが、主人公は、流行歌とか応援歌とか、自分は何をしているのか、と悩むが、確かにテレビ視聴者からすれば、それでいいではないか、音楽に上も下もないだろう、楽しめばいいいのだ、と思って、番組では憎まれ役のレコード会社の担当者の肩を持ちたくなる。何を粋がっているのだと思うが、それが専門家のプライドかもしれない。この番組の先は、たぶん主人公は、そこに気づくのだろう。そうでなければ、日本情緒たっぷりで、大衆の心に響く旋律を散りばめた、船頭可愛や、の作曲はできないからである。先のzoomや他のアプリも同じである。専門とは、逆に市井の人の感覚と離れていくものかもしれない。真の専門家は、それを乗り越えて、自分を高めている人かもしれない。自分は、まだそこまで達していない。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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