自然に生きる

7月も最後の日となったが、ずっと雨だったので夏の印象が少ない。天気予報によれば、8月に入ると、つまり明日から暑い日が続きそうなので、ようやく夏の気分になれそうだ。夏は、日差しが強く、子供の麦わら帽子やシャツ姿、プールなどが浮かんでくるが、今年は、学校のプールもなく、子供たちのはしゃぐ姿や声も聞かれないだろう。夏は夏らしく、秋は街に枯れ葉が舞い、冬は雪で周りが真っ白になり、春は、と書けば、どこか郷愁に似た思いになる。それらしく、という言葉が死語になりつつある。こんなことを書くのは、年をとった証拠であるが、年齢を重ねるごとに、自然に触れたくなるし、自然が恋しくなるが、これは人の生きる年輪であろう。人は、最後は自然に帰るからかもしれないが、このコロナ禍の影響で、人は加速度的に自然から遠のいている。自分は古い人間なので、どうしても昔の姿を現在に重ねて生活しているが、それが自分に似合っている。小さな庭だが、雑草をとり、テントウ虫を見つけ、アリを見つけ、スズメが飛んできて百日紅の木に止まり、トマトやキュウリを収穫して食卓に並べ、無農薬の自然の風味を味わっている。鶏でも飼って、自家製の漬物で、朝の卵かけご飯でも食べれば、昔の暮しそのものだろう。自家製の漬物は、我が家でも食しているが、夕方は、夏なので浴衣で近所に小さな散歩に出ることもあるが、どうも近所からは古い人間と見られているかもしれない。朝の納豆、お昼のお蕎麦、夕食の天ぷらや刺身、など、美味しいものがいっぱいある。考えてみれば、自然の食材によって、私たちは生きている。これからも、たぶん自然な生き方をするだろう。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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