毎日、オンライン会議が開かれている。理事会のような正式の会議もあれば、気楽な打ち合わせもあるが、ともかく通勤時間が節約できる素晴らしい贈り物で、振り返ってみれば、自分の場合は往復3時間以上も意味のない時間を使っていたことになる。意味のないと書いたが、文字通り意味がなく、電車が混んでいれば精神的にも身体的にも強いストレスを受けて、ただただ我慢の時間であった。電車通勤から逃れるだけで、意味がある。対面では、目に見えない周りの空気が影響を与えて、全体に合わせるという日本流の忖度が作用して、遠慮がちにモノを言う経験は、誰でもしているだろう。画面に向かえば、基本的に自分とPCだけであり、PCの向こうの人と、つまりデジタル画像と話しているので、むしろ言いたいことが言いやすい。SNSやメールのほうが対話の壁が低いことは、研究的にも実践的も明らかにされている。それが、学校ではネットいじめにつながることもあれば、通勤地獄から解放されて自由な会議ができる果報をもたらす道具にもなる。使い方次第である、というより、コミュニティーの暗黙的なルールやメンバーの特性によるものだろう。言い換えれば、情報活用能力と呼んでもよい。今日も、3つのオンライン会議がある。忙しさはやはり変わらないようだ。
